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推理げえむ 1話~20話

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「あなたは、オサムさんが眠りについた夜、いや、オサムさんは昼夜逆転の生活を送っていたかもしれませんので、昼かもしれませんが……この部屋を訪れ、眠っているオサムさんをガスでも嗅がせて更に深く眠らせ、用意した毒薬でオサムさんを殺害した。その後、オサムさんが書いた文章を使って遺書を捏造したあなたは、部屋を密室にする準備に取り掛った。まず、部屋にある生ゴミを綺麗に片付け、処分する。そして玄関のドアを施錠する。このとき非常に重要なのはチェーンロックを掛けるということ。このチェーンロックが掛った上で、ドアと窓の施錠が完璧であれば、合鍵を使用した殺人事件の線は消え、合鍵を所持していたとしても疑惑が浮上することはまずない」
 秋山が首を傾げた。
「それはわかりますけど、生ゴミを処分するのは何故です? それに、そんな部屋のどこから外へ脱出するんですか?」
「うん、それはね、窓に仕掛けを施し、そこから出たんだよ。お父さんの採った行動はこうだ……まず、液状ゴムを使って、大きな、Oの形をしたゴムバンドを作っておく」
「え、液状ゴム、ですか?」
「うん。それは、常温では液状なんだけど、乾燥させると柔軟なゴムになるんだ。工事現場なんかで、防水処理を目的として、様々な場所の隙間を埋めるために利用されているね。輪ゴム等の軟質ゴム程ではないけど、伸縮性に優れた皮膜が作れるんだよ。そして、そのゴムバンドをカーテンレールにくっ付ける」
 春日は窓際に移動すると指差しで説明を始めた。
「接着剤として使用するのは飴だ。その飴を熱して融かし、カーテンレールにゴムバンドをくっ付けたら冷まして固める。次にクレセント錠のハンドルレバーを横に倒し、その回転部分にも飴を塗り付け、その位置でレバーを固定する。そして、カーテンレールに垂れ下がったゴムバンドを伸ばし、レバーに引っ掛ける。これで仕掛けは終了。窓から出て、冊子に足を掛けつつ窓を閉め、後は空地に飛び降りてこの場を立ち去る……。この時点ではまだ窓には鍵が掛っていない。仕掛けを作動させるには朝を待つ必要がある」
「朝を? なぜです?」
「ほら、この部屋の窓は東側を向いている、今朝も朝日が差し込んでいただろう? その直射日光を利用して飴を融かすのさ……! 飴が融けることによって固定を解かれたクレセント錠がゴムの収縮力によって回転し、受け金に掛り、窓の施錠が完了する。そして、カーテンレールの方の飴は室内の温度によって時間差で融け、ゴムバンドは自由落下を果たすわけだ」
 秋山はライトを顎の下にもっていき、顔を下から照らした。
「なるほど……! でも、その仕掛けなら、別に液状ゴムじゃなくて、ただのゴムバンドでもよくないですか? ……あ、いや、それ以前に、落下したゴムが、物的証拠が丸々その場に残ってるじゃないですか……!」
「秋山君、顔怖い。……そう、トリックがバレないようにするには、落下して窓枠に引っ掛ったか、床に落ちたかしたゴムバンドを消し去る必要がある。その重大な使命を帯びた〈奴〉というのが、どこにでも忍び込み、こういう部屋には何匹湧いて出ようがさして珍しい存在では無い者達。齧歯類ネズミ科、クマネズミ属の一端を担う通称ドブネズミ達だよ」
「ドブネズミ!」
「そう、部屋を脱出する前に、薬の分量を調節して眠らせたネズミを数匹放置していくのさ。やがて眼が覚め、空腹のネズミ達がそのゴムバンドを食べてしまうように……! 周知の通り彼等は雑食であり、某ネコ型ロボットの耳を齧り倒したエピソードは余りにも有名であろう……!」
「はわあ……」
 春日の言葉に、秋山の心の四次元ポケットが開いた。
「しかし、ネズミ達に確実にゴムバンドを齧らせるためには幾つかの工夫が必要になる。まず一つ、関係の無いものを食い荒らして満腹にならないようにする必要がある。だから餌になりそうな生ゴミは全て処分したんだ。二つ目、ちょっとグロい話、ネズミ達はほっとくと遺体にまで食らい付く。だから、致死量を大幅に超える量の毒を投与する必要があった。ネズミは鼻が利く。毒の回った獲物にはまず手を出さない。だから遺体には注射痕しか外傷が無かったんだ。三つめ、ゴムバンドが窓枠に引っ掛る可能性を考慮して、カーテンの丈を長くしておき、ネズミ達が昇り易いようにしておいた。最後に四つ目、ゴムバンドを作る際、液状ゴムを使用し、ネズミ達の大好物である種子や穀物、ヒマワリの種やピーナッツ、トウモロコシ等だね、これらを粉末にしてゴムに練り込み、喰い付きを良くする。電気コードですら齧る彼らだ、充分なおやつだったろう」
「そ、それが、ゴムバンドがただのゴムじゃなくて液状ゴムだった理由ですか……!」
「そう。まあ現時点では証拠も無いし、僕の想像でしかないんだけど……お父さん、あなたがここに姿を現したことで確信に変わりました……〈ネズミのフン〉を見付け出されて分析されたら、何を食したのかバレてしまう……それはマズいですよね? だから、あなたは全てを消し去ることにした……」
 春日は天井から下がる電灯のヒモを引いた。数回の点滅の後、青白い光が室内を照らしだした。
 汗で肌にシャツを張り付かせた男は手に灯油の缶を下げていた。そして、男の視線は秋山が手にした消火器に釘付けになっている。春日はライトの明かりを消すと、続きを話始めた。
「注射痕がね、一つだけだったんですよ……静脈注射というのは結構難しい。新米の看護婦さんなんかはよくミスってますよね……それを一発で成功させているということは、もしかしたら、注射をしたのは扱いに慣れた人物、あなただったんじゃないかと、ふと思ったんですよ。そして、息子さんの生活費を全て工面していたのはあなただ、大家さんや集金係をこの部屋から遠ざけることができる立場にいた……父親として合鍵を所持していてもなんら不思議では無く、医者という立場を利用すれば毒薬の入手もそれほど困難では無かったでしょう……オサムさんを殺害したあなたは、頃合いを見て大家さんにオサムさんの安否を確認するよう依頼し、計算通り遺体は密室の状態で発見され、証拠もネズミ達が消し去ってくれた。しかし接着剤代わりに使用した飴までも消し去ることはできず、トリックも完全とまではいかなかったようですね……どこか、間違っているところがありますか?」
「……………………」
 男は春日の声が聞こえていないかのように、口を開けてただ突っ立っている。
 ヴーン……カカカッ……
 ふいに、触ってもいない山城オサムのパソコンに電源が入った。狭い室内にシーク音とファンの回転する音が響く。
 春日の近しい人間で、こんな芸当ができるのは一人しかいない。
 画面に『冬木です』という素っ気無い文字が浮かび上がった。しかしその文字が画面に表示されたのは、電源が入りスタートアッププログラムが滞りなく全て起動し、チャットが出来る状態になった七分後のことだった。
「おせぇよ!!!」
「間が持たねぇよ!!!」
 春日と秋山が口々に非難を飛ばした。
「もうちょいスムーズに来い! ドラマティックに!」
 春日がどんなに強く訴えようと、その声は画面の向こうには届かない。