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推理げえむ 1話~20話

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「うわぁ。まだそこに遺体が有ったら、とてもじゃないけど部屋に上がれなかったでしょうね」
 鼻を摘んで秋山が言った。
「そうだね。よく腐乱死体の臭いは『地面に立てたバットにおでこを付けてグルグル回るアレ』七十周分の吐き気に相当すると言われているよね」
「よく言うかはわかりませんけど、凄そうだというのは伝わりました」
「あっ、もう無理」
 春日が早足で玄関に向かったので秋山もその後に続いた。二人はアパートの屋外廊下に出ると一息付いた。
「……もうこのままここで報告を聞きますか?」
「うん。そうする」
 秋山は上着から手帳を取り出すと中を読み上げ始めた。もう手帳自体を渡して書いてあることを読んで貰った方がてっとり早いのだが、秋山の書く文字は、ミミズがのたくった後スズメがついばんだような書体をしているため、本人にしか読めないのだ。
「えー、亡くなっていたのは、この202号室で独り暮らしをしていた山城オサムさん、無職で三十二歳です。山城さんは布団の上に横たわった状態で発見され、死因は毒による中毒死です。死亡して二週間は経過していた模様です。また、遺体の傍には注射器が転がっていました。遺体の左上腕部には革バンドが巻かれ、その肘の内側に一つ、注射痕が有ったそうです。通報者であるアパートの管理人さんの話をまとめますと、まず、玄関のドアをマスターキーで開けたところ、内側からチェーンロックが掛っていたため、室内を窺うことはできなかったが、中から漏れ出してきた異臭にただごとではないと思い警察に通報した、とのことです。駆けつけた警官がチェーンを切って踏み込んだところ、中で山城さんの遺体を発見。当時部屋に一つある窓も鍵が掛っており、この部屋の鍵も室内で見付かっています」
「ふむ。部屋は密室だったというわけだね」
「はい。そして、部屋に在ったパソコンは電源が入りっぱなしになっていて、『働くとかマジ面倒だし。働くぐらいなら死んだ方がマシ』という文章が残されていたそうです。文書の作成日時は山城さんの死亡推定日と一致しますので、状況から見て、山城さんがパソコンに遺書を残し、その後自らに毒をうち込んで自殺を図ったものと思われます」
「そう……何か変わったこととかは無かった?」
「えーと、そうですね……あえて上げるとすれば、遺体から検出された毒が致死量を大幅に上回っていた、ということでしょうか。それと、窓の施錠に使用されるクレセント錠ですが、そのレバーハンドルの回転部分と、窓の上にあるカーテンレールの一部に飴が付着していた、ってことでしょうか」
「飴だって?」
「ええ、成分を調べたところただの飴です。それがベターっと付着していたんです。何か今回の件に関わりが有るのかと詳しく調べたそうなんですけど、ただ鍵がベタベタしているだけで窓やその周りに不審物は無かったそうです。なのでこれは自殺とは関係無く、山城さんが自家製の飴作りに挑戦でもして、換気をしようとしたとき、手にベットリと飴を付けたまま窓やカーテンに触れてしまったために付いたものじゃないか、というのが見聞にあたった職員達の見解です」
「ふうむ……」
 春日は玄関に向かい、一旦上がろうとしたが止め、秋山の方を振り向いた。
「秋山君、台所行って、飴の材料になる水飴と砂糖があるか見てきて。水飴作りから始めてる可能性もあるから、片栗粉もあるか探してね」
「…………はい」
 秋山はハンカチを取り出した。

 数分後、覆面姿の秋山が出てきた。
「なんも無かったです。砂糖すらありません」
「そう……うーむ……でもまあ、飴なんかで窓をどうこうできるはずもないか。それに、毒の分量なんていうのも本人の自由っちゃ自由だしね……深く考える必要ないのかなぁ……。あ、そういえばこの部屋のカーテンちょっとおかしくない?」
「へ……? どれですか? ……あ、本当だ、言われてみればそうですね……」
 秋山は玄関から首だけを入れて中を覗いた。すると部屋の窓は、ごく普通の四角い引き違い窓であるのに対し、カーテンレールに掛るカーテンはガラス引き戸用に使われる丈の長いカーテンだった。しかも丈が長過ぎて完全に床に付いてしまっている。
「あ、でも……引っ越してきて、買い換えるのが面倒だから、そのまま使ってる、とか……」
「そっか……そうだね……。後さ、部屋の中、汚いよね」
「え? ああ、そうですね、散らかり放題ですね」
「だよね。でもさ、食べ終わった弁当の空箱だとか、食い散らかしたお菓子とか、ジュースの空き缶とかそういった類のゴミは全然無いんだよね」
「あ、本当だ、確かにそうですね。でもまあ、たとえ汚部屋に住んでいても、あの黒い悪魔とかチュウチュウ鳴く怪獣が嫌いな人だったんじゃないですか?」
「ふむ……そっか……。あ、管理人さんだけど、何しにこの部屋に来たの? 家賃の取り立て?」
「いえ、なんでも山城さんのお父さんに依頼されたそうです。最近息子と連絡が取れないから様子を見てくれ、と」
「へえ、そうだったの。それで、そのお父さんからは何か聞けたの?」
「まあ、そうですね、色々と。でも自殺の動機に心当たりは無いそうです。それと、無職である山城さんの生活費なんですが、今までずっとお父さんが工面していたそうです。家賃や光熱費は全て銀行引き落としで支払ってたんですって」
「ああそう。お父さんなにやってる人?」
「町のお医者さんみたいです」
「ほう、お医者さん…………それで息子さん、オサムさんは長かったのかな、無職の状態が」
「はい、一度は仕事をするために一人暮らしを始めたそうなんですが、仕事が長続きせず、それからはずっと職に就いてなかったようです」
「ふうむ……働くぐらいなら死んだ方がマシ、か……精神的に相当まいっていたのかなぁ……。うん、内側からチェーンロックまで掛ってたのなら、どうやら自殺で間違いなさそうだね。ありがとう秋山君、特殊清掃が入る前にこの部屋に入れて良かった。ごめんね無理言って、担当の案件でもないのにいろいろ調べてくれて」
「いえいえ、どういたしまして。でもまあ、モロ事件性有りだったらこの部屋に上がるのも簡単じゃなかったでしょうけどね」
「うん……。じゃ、冬木君にこのこと知らせてあげようかね」
 春日は携帯を取り出すと誰かにメールを打ち始めた。それが無駄に、異様に速い。親指に何かが憑依したかのような凄まじい速さで文字を打ち込んでゆく。
「……先輩の友人だから別に信用はしてますけど、冬木さんってどんな人なんですか?」
「うーん……そうだなぁ……まあ……ひきこもりだねぇ……」
 会話しているときも、その指の動きは変わらなかった。
「えっ、ひきこもってんですか」
「うん。ひきこもごもだね」
「意味分かりません」
「ふむ、彼を説明するのはちょっと難しいんだよね……ニートっちゃニートなんだけど、全くの無収入ってわけじゃないし」
 春日は送信ボタンを押した。
「へえ? そうなんですか?」
「最近はパソコンなんて便利なものが在るから、こもりながらにして稼ぐ方法が結構有るみたい。プログラミングの仕事を請け負ったり、独自に構築したツールをネットで販売したり、他にも色々。パソコンに関してはかなりの腕前のようだよ」