推理げえむ 1話~20話
「えー……ある金融会社で社長秘書を務めていた阿部さんが遺体で発見されたのが十八日の正午のことです。死因は感電死。ボク等は他殺と判断しました。死亡推定時刻は十八日の午前六時から午前八時の間ですね……阿部さんが一人で住むマンションは遺体発見現場からそう離れてない場所にありました。室内を調べましたが、人が押し入った形跡や争った跡はありません。ドアはきちんと施錠されており、会社で使用する書類の入った鞄はありましたが、財布や携帯電話等が無いことから、阿部さんは十七日の勤務を終えた後、一度帰宅してからまた外出し、その後どこかで殺害され、犯人によって建設予定地まで運ばれたものと考えられます。遺体は胎児のように体を丸めていますが、これは筋肉の収縮によるものではなく、遺体を袋や鞄に入れて運ぶため、手足を折り畳んだものと思われます。阿部さんは身長百六十センチ、体重は五十五キロと小柄ではありますが、遺体を運ぶにはかなりの腕力が必要と思われ、犯人は男性の可能性が高いと考えられます。遺体の服装ですが、シャツにズボンに靴下。この時期なら上に何か羽織っていた可能性がありますが、現場からは見付かっておらず、所持していたものはキーホルダーの付いた自宅の鍵だけで、靴や携帯、財布等は見付かっていません」
「……死因と遺体の状態からして追い剥ぎに遭ったなんてことはないわよね……。何処かの家に靴を脱いで上がり、携帯やサイフの入った上着もそこで脱いだってことかもしれないわ……そしてそこで殺害され、犯人は遺体を工事現場へ運んだ……」
夏目が腕を組んだ。
「うん、その可能性が高いだろうね……」
「秋山君、阿部さんの身元を確認した社長さんだけど、あの人、何か言ってなかった?」
「えー、社長さん、名前は金田さんと言います。阿部さんは運転手も兼任していて、十七日の夜にいつも通り金田社長の自宅まで阿部さんが車を運転して、車をガレージに停め、そのまま阿部さんは自宅へ徒歩で帰宅したそうです。見たのはそれが最後だと」
「ふむ、徒歩で帰宅したってことは」
「はい。阿部さんのマンションは金田社長宅から歩いて数分の距離です」
「そう……」
「十八日の朝、阿部さんがいつもの時間に現れないので変に思っていた、との事です。それで、ですね……実は、金田社長には阿部さんを殺害する動機と言えそうなものがあるにはあります」
『え、あるの!?』
「はい。金田社長が経営する金融会社は社員十数名と小規模ながらかなりの利益を上げています。その一方で、金田社長は巨額の脱税を行っていた嫌疑が掛ってまして、現在調査が入っています。査察官の調べによると、金田さんがメチャクチャ貯め込んでいるのはどうやら事実みたいですね。問題はそのお金が脱税で得られたものなのかどうかなんですけど。また、そのお金を家のどこかにある金庫に隠してあるらしい、という極秘情報まであります」
「そんな情報どっからでたの?」
「国税局だよ。向こうもこれを機に一気にたたみかけたいみたい。だからボク達との共同戦線が張られて、情報を貰ったわけ。そして、裏帳簿を管理していたのは阿部さんだとみられていて、阿部さんは口封じに殺害された、との見方もできるんだ」
「うわ、金田社長メッチャ怪しいじゃん」
「金田社長は現在家族と別居中。通いの家政婦さんを数名雇っています。十八日の行動を確認したんですが、停電が起きたため、未明の内に家政婦さん達全員へ、今日は仕事にならないから来なくていいとメールで連絡したらしいです」
「停電?」
「はい、深夜から行われた電気工事の事故により、金田社長宅を含むごく一部の地域で、午前四時から午前十時までの間停電が起きています」
「ねえ、その事故って阿部さんの感電死と何か関係あるんじゃないの?」
夏目の指先でボールペンがくるりと踊った。
「いや、それはないと見ているよ。停電の原因は金田社長達とは全く関係の無い、公共事業の工事中の事故だから。路面の状態が悪くて高所作業車が傾いたため、送電線を断裂させてしまったらしいよ。因みに、事故による怪我人は無く、付近に住む住民に大きな混乱も無かったもようです」
「それはなにより」
「そこで単純に、動機がある金田社長が犯人で、午前六時から午前八時の間に阿部さんを何処かに誘い出して殺害し、正午までに建設予定地まで遺体を運んだ、と仮定すると大きな問題が生じます」
「問題?」
「まず、午前九時。二人の測量士が問題の建設予定地を訪れ、測量を行っています。その時に遺体など絶対に無かったと二人は証言しています。そして、遺体が建設作業員に発見されたのが正午。遺体を遺棄出来るのは九時過ぎから正午の約三時間足らずですが、金田社長は午前八時から午後一時までの五時間、自宅で顧問弁護士と会談してます」
「顧問弁護士……」
「その弁護士さんからも証言が取れました。会話の内容は守秘義務が在るため明かせないが、午前八時から午後一時までずっと社長宅で一緒だったことは保証するそうです。えー、なんでも十八日の午前六時頃、金田社長宅から掛ってきた電話で起こされて、八時に家に来てくれ、と頼まれ、FAXで地図も送られて来たそうです。いつもは会社の社長室で会談を行っていたらしいんですが」
「…………」
「そして、弁護士さんが約束通り午前八時に社長宅を訪問。午前十時まではやはり停電で家電は一切使えなかったようです。そして午後一時に警察からの連絡を受けて、金田社長が遺体発見現場に訪れたのが午後二時……」
「なるほど。時間的に金田社長が遺体を遺棄するのは絶対不可能なわけだ……」
「はい。当然、現場付近での金田社長の目撃情報は皆無です。そんなこんなで、弁護士さんも目を光らせているものですから、金田社長の自宅を詳しく捜査も行えない状況でして……」
しかも残念な事に、遺体発見現場である建設予定地は、その昔駐車場であった名残か、砂利がジャリジャリ敷いてあったため、犯人の足形を採取するには至らなかったそうだ。
「ふうむ、でも話を聞くために、金田社長宅に行くくらいはしたんでしょ?」
「それは、まあ、はい。家政婦さんが三人も働いてて、びっくりしました。それで、最近変わったことが無かったかその家政婦さん達に訊いてみたんですけど、変わったことというより、困っていたことはあったらしくて」
「困っていたこと?」
「はい。社長宅専用のゴミ集積所が邸宅の裏手にあるらしいんですけど、毎朝のようにあるホームがレスの方が、ゴミを漁りに来ていたようで。それを聞いた金田社長が大層ご立腹だったそうです。あっでも十八日以降は漁られた形跡が無いようですが……」
「ふーん……」
「ええと他には……庭に出るときに使う、つっかけが一足無くなっているとか」
「つっかけ……ねえ……他には?」
「後は特に……。家政婦さんに書斎まで案内されまして、弁護士さんを尻目に、社長に捜査の進捗状況だけ報告して、おいとましました」
「なによそれ、とんだチキン野郎だわ」
作品名:推理げえむ 1話~20話 作家名:Mr.M