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推理げえむ 1話~20話

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 背の高い春日を上目遣いで見る。春日の心臓がドキリと高鳴った。それほどの、とびきりの美人だった。小さな顔に大きな瞳。頬は健康的に朱を帯び、形の良い唇から流れ出る朗朗たる声は少女のそれであるが、大きく膨らんだ胸とくびれた腰が最早その娘が子供ではないことを示していた。そしてその身体を地元でも有名なお嬢様学校の、白百合をモチーフに創られた制服が包んでいる。
「だ、だ、だからっ、僕の口からそういうのは―」
 春日がまたさがり壁に背を着いた。もう後が無い。とそこへ、
「あれっ!? 夏目ちゃんじゃないの」
 ちょうど秋山が現れた。店の戸口から二人を見ている。
 夏目と呼ばれた娘がくるりと振り返ると、肩まで伸びた艶やかな黒髪が揺れた。娘は唇の端を吊り上げると、猫のように優々と秋山に近付いた。
「アッキー! 良いところへ来たわ! 前に雪山の邸で起きた事件のこと、詳しく教えて頂戴。スガッチが勿体つけちゃってさあ。もうアッキーでいいわ」
「い、いいわ、って……な、夏目ちゃん学校は?」
 秋山が苦笑を浮かべた。
 夏目は酔狂にも学校で新聞部として活動していた。正確に言うと、部員数が一人なので正式な部活とは認められておらず、自称だったりする。
 そんなことで、学校内ではかなりの変わり者として見られているが本人は全くの何処吹く風。今日も元気に好奇心旺盛過ぎ。
「今日は午前中だけだったのよね。さあアッキー、いちから、詳しく」
 相当年上の二人を自分がつけたアダ名で呼びつける夏目であった。
 しばらく前、参考書を求めて春日書店を訪れた夏目が、耳ざとく秋山が春日にしていた事件の話を聞き咎めたのがきっかけであった。以来、なついて月に数度は春日書店に現れるようになっていた。
「い、いや、でもね夏目ちゃん。事件のことを民間人に教えるのは……さ」
「知ってる。守秘義務ってやつでしょ。でもそれって未解決の事件に関しては、なわけじゃない。犯人が逮捕されて捜査が終了した事件についてはマスコミに情報を公開するのがスジってもんでしょ!」
「い、いやあ……そうだけれど……ほら、あの事件はこの街で起きた事件じゃないし……」
「いいのよ! 地域密着型ってのも悪くはないけど、あたしはもっと視野を広く、いつもグローバルでいたいのよ!」
「スケール、でか過ぎじゃね?」
「興味を持ったら脇目も振らず一目散。それがあたしのジャーナリズムよ!」
「足を止めて、周りを見るのも大事じゃね?」
「ジャイアニズムの間違いじゃね?」
 男達が口々に異議を唱えた。
「ほほう、そーゆーこと言うわけ。事件のこと、スガッチには話せてあたしには話せないと。あーそーですか」
「あ、あう……」
「はあー……」
 春日は眉間を強く摘んだ。
 そう、夏目は春日がごく普通の民間人でありながら刑事である秋山に捜査協力を行い、幾つもの事件を解決しているのを知っている。警察への協力は国民の義務とはいえ、春日と秋山の行為は明らかに一線を越えたものであり、二人は弱みを握られているといえる。また、夏目を無下に扱うことが出来ないもう一つの理由は、彼女が面白半分でやっているのではなく、いつでもすこぶる真剣であるからだ。
 最近では、この若く美しい女記者に愛着さえ憶え、余計なことに首を突っ込んで危ない目に遭いはしないかと気が気でないおっさん二人であった。
 夏目がこれまで記事として取り上げたものは都市伝説や未確認生命体のゴシップめいたものがほとんどであり、これからもそうなら一向に構わない……わけではないが、取材対象や行動が過激にエスカレートしてゆくと問題である。また、どこがグローバルなのか、良家の令嬢が集う学校の掲示板に夏目が書いた記事が張り出されていたとして、いったい誰が好んで読むのか、等の疑問は残る。
「ところでアッキー、今日は何しに来たの?」
「え? い……いや、ちょっとね。なんて言うか、今、看過すべからざる懸案事項を抱えていてね。それで、まあ、先輩にひとつ助言を貰おうかと……」
「ふーん……じゃあ今こっそりと後ろに隠した何か書いてあった紙が……」
 ろっくおん。
「事件に関わる何か重要な極秘文書なわけね?」
 あぶない逃げて。
「ちょっと見せて!」
 夏目がしなやかな動きで腕を伸ばした。
「ええっ! ちょ、だ、駄目! 駄目だよ!」
 秋山は体を捻って極秘文書を高々と掲げ、さらに爪先立ちになってそれを避けるが、夏目はものっすごいイイ笑顔で更に追撃する。
 そしてもみ合っている内に、やわらかいものが秋山の肘に当たった。秋山の全神経がそこへ集中した一瞬の隙に、夏目は秋山の肩に手を掛け、高くジャンプするとついに極秘文書をもぎ取った。
「えーと、なになに……」
「おわっ、駄目! 読まないで! やーめーろーよー!」
 夏目は奪い返そうと秋山が伸ばす腕を軽快なフットワークでかいくぐる。
「えー……『愛しき静香ちゃん江……もし君が太陽なら、ボクはそう……メラニンだ……もし君が竜巻なら、ボクは飛ばされる牛だ……もし君がニーソックスなら、ボクはソックタッチだ……もし君が……』ってバッカじゃないの!」
 ビシリッと床に叩きつける。
「ああっ! ボクの極秘文書がっ!」
「何がっ! ただの駄文だわっ!」
「夏目君っ! いい加減にしたまえ! これ以上人の純情を踏みにじる行為はこの僕が許さないよ!」
 春日は夏目に詰め寄り肩を掴むと強い口調で咎めた。
「あ……あの……ちょっとすみません……踏みにじってるのは先輩です。足。どけて貰えますか」
「おっと、失礼」
 春日は踏んづけていた極秘文書から足をどけた。
「わざとだ……絶対わざとだ……」
 秋山はぶつぶつ言いながら極秘文書を拾い上げるとベッタリ付いた足形を掃い、のしのし、とシワを伸ばし、きれいに折り畳んで上着のポケットに仕舞った。
「ふっ。しかし、何を言われようと、何をされようと挫けませんよボクは。いつかこの想いが飛んで行って、彼女の胸に届くまで、ボクの挑戦は続くのです!」
「おー。よく飛ぶ、よく飛ぶ」
「あー本当だー」
 秋山の極秘文書が紙ヒコーキへと姿を変え、華麗に宙を舞う。
「ああっ! ボクの極秘文書で紙ヒコーキ折らないでっ! そして飛ばさないでっ! てか、いつの間にスリ取ったんですかっ!」
 秋山がバタバタと追いかける。極秘文書はしばし優雅に飛行を続けた後、本棚の一つに当たって墜落した。
「ああっ! 撃沈! えっ? 想いを伝えてさえいないのに?」
 絶望感が胸を締め付けた。秋山はヨロヨロと紙ヒコーキをすくい上げると太ももの上に乗せ、またのしのしと折り目を伸ばし、上着の内ポケットに仕舞った。
「……ふっふっふ。そ、そうやってボクの気持を試してるんでしょうが、言ったでしょう? 挫けませんってば。この頑ななまでの、燃え上がるような……そう! このパッションは止められないのですよ!」
「おー。よく燃える、よく燃える」
「あー本当だー」
 ライターによって着火された極秘文書が勢いよく燃え上がる。
「ああっ! 燃やさないでっ! だからいつの間にスリ取ってんですか! 消して! 灰にっ! ボクのパッションが灰になるっ!」
「いやほら。ちゃんとお焚き上げしないと」