推理げえむ 1話~20話
「はい。フロント係が旦那さんの声を覚えていて、間違い無かったと言っています。旦那さんはそのホテルをよく利用するようですね」
『ふーん……ホテルよく使うんだ……その旦那さん、なにやってる人?』
「アダルトグッズ専門店を経営しているそうです」
『アダルトグッズ?』
「ええ、ホテルをよく使うのは、仕事で、というよりも夫婦間がアレなので、別居とかに意味合いが近いのかもしれません」
『ああ、そうか』
「えーと、旦那さんに、事件が起きる前の日の行動についてお聞きしたんですが、買い物をしていたそうです。レシートを拝見したんですが、雑貨店で糸とハサミとセロハンテープを購入していて、後、電気店街で携帯電話とハンズフリー用のイヤホンマイクを購入してました。元々使用している携帯もあるそうなんですが、仕事用とプライベート用で使い分けようと思って買ったそうです。後、他にも購入しているものがあって、ええと、音センサー? 音センサーですね」
『…………』
「どうです先輩、何か気になる点とかありますか?」
『ふむ……。まず、強盗の線は薄いと思うね』
「そ、そうですか。その根拠は?」
『じゃあ仮に、強盗の仕業だったとしよう。夜、家の窓のカーテンは全て掛っているはずだ。外から見て、どの部屋が居間でどれが寝室なのか強盗には解らない。中に人が居るかも知れないのに窓を割って侵入するのはかなりリスク高いよね』
「確かに……」
『しかも、奥さんには抵抗した形跡が無いんでしょ? 何者かの侵入に全く気が付かず、完全に無防備なところを一突きにされたわけだ。家の間取りを知るはずない強盗が、暗闇の中物音を立てず、住人に全く気付かれることなくそんなことができるだろうか? 難しいと思うね』
「な、なるほど」
『そんなことができるのは、玄関のカギを持っていて、家の間取りを完璧に把握している人物、その家の住人くらいじゃないかな……つまり、ガラスが割られていたのは強盗の仕業に見せ掛ける偽装工作……旦那さんが怪しいと思うよ』
「そ、そうですか……! あ、いや、しかしですね、フロント係の証言から旦那さんのアリバイは完璧ですよ?」
『ふむ…………現時点では物的証拠とか一切無いんだけど、そのアリバイを崩すことはできそうだよ……』
「ほ、本当ですか!」
『うん、旦那さんは用意した幾つかの小道具と一緒に、アレを使ったんだと思う』
※夫が犯人だとすると、どのようにして自分のアリバイを作り上げたのだろうか?
「ア、アレってなんですか!? どうやったんですか!?」
秋山の、携帯を握る手に力がこもる。
『ええと、どう説明したものか……じゃあさ、まず普通の電話機を想像してみて。受話機と本体がクルクルコードで繋がってるやつ、どこのホテルにでもありそーな普通のやつ』
「はい、想像しました」
『じゃあ次に、ハンズフリー用のイヤホンマイクが接続された携帯電話。この携帯電話とホテルの電話機を合体させればその場にいなくても会話ができるようになるのさ』
「は、はい?」
『えっとね、電話の受話器はね、耳に当てる部分を受話部、口に当てる部分を送話部というんだけど、この受話部にイヤホンマイクのマイク部分を、送話部にイヤホン部分を当てるようにして、テープで固定しちゃうんだ。そしてその携帯電話と、元々持っていた携帯電話とを、ずっと通話中の状態にする。そうすれば、フロント係と会話ができるのさ』
「え、ちょ、ちょっと待って下さいね……ええと、フロント係の声をマイクが拾って、その音声が別の携帯電話に伝わって……その携帯で喋った声は、イヤホンから出るわけだから……ああ! なるほど! 確かにこれなら会話できますね!」
『そうそう。後は受話器を本体に戻しておけばいい』
「ん? ま、待って下さい、モーニングコールを受けるためには、電話が鳴ったら受話器を取らないと。その場にいないなら、誰が受話器を取るんですか?」
『うん、確かにそれは大問題だ。しかしそれも、ある物の力を借りれば可能となる』
「あるもの? そ、それは一体何ですか?」
『太くて長くて電池で動いて、ウィィィィィンっていいながらクネクネする棒』
「……………………じょ、冗談ですよね?」
『ガチ』
「マジなんですかっ!? そ、そんなものでどうやって!?」
『いいかい、まず適当な長さの糸を用意する。次に糸の一方の端を受話機に結び付ける。そしてもう一方の端をクネクネする棒に結び付ける。それがすんだら、電話機を何か適当な台の上に乗せ、台の適当なところにクネクネする棒を置く。今度は、このクネクネする棒のスイッチに音センサーを繋ぐ』
「音センサーですか?」
『ああ、音センサーてのは、音を感知すると電源をオンにする、手作りオモチャなんかを作るための工作キットだよ。いろんな種類のがあるけど、なるべく小さい物を使った方が、トリックの邪魔にならないね。旦那さんは電気店街で実際に携帯電話を購入したんだろうけど、電気店街に行った一番の目的は音センサーを購入することだったと思うよ。携帯なんてわざわざ電気店街まで行かなくても安く手に入るところは幾らでもあるはずだ』
「そ、それは……そうですね……」
『最後に、購入した携帯電話と元々持ってる携帯を通話状態にしたら準備OKだ。こっそりホテルを抜け出し、自宅に向かう。そして午前四時、ホテルの部屋にモーニングコールが入り、その呼び出し音に反応してスイッチがオンになり、クネクネする棒がクネクネし始める』
「………………」
『クネクネする棒は力強くクネクネしながらクネクネと台の上を移動してゆく……』
「………………」
『そして遂には台の端から床に落ちる。糸で繋がれた受話器はそれにつられる形で本体から外れるってわけ。後は適当にフロント係と会話をすればアリバイ成立って寸法だよ。フロント係が聞いたウィィィィンっていう機械音はこれのことだね』
「な、なるほど……! な、なんてことだ……じゃあ証拠はレシートにほぼ全て書いてあったって事じゃないですか……!」
『ああ、隠そうとしたら怪しまれるかもしれないし、たとえ見せても絶対バレないと思ったんだろうね』
「フ、フロントマンと会話していながらも、実際は自宅にいて、奥さんを殺害する直前か直後だったってことですか……そ、そう考えると怖いですね……」
『うん、そうだね……』
「あ、しかしですね、結果的に受話器が外れれば良いのなら、使用したのがクネクネする棒だったとは限らないんじゃないですか? 音に反応してスイッチが入って、動くものであればなんでも良いんですよね?」
『いや、クネクネする棒で間違い無いよ。旦那さんの仕事はアダルトグッズ専門店の経営。職業柄、クネクネする棒を常に持ち歩いていたとしても決して怪しまれることはないからね』
「いや、充分怪しいと思うんですけど……」
『とにかく、クネクネする棒で間違い無いから』
「し、しかし……」
『クネクネする棒!』
「わ、わかりました……全捜査員にそう伝えます……」
春日の助言を頼りに夫の身辺を徹底的に捜査した結果、事件当時の足取りが判明し、夫がホテルを抜け出していたことが分かった。それを追求したところ、夫は犯行を認めた。
作品名:推理げえむ 1話~20話 作家名:Mr.M