推理げえむ 1話~20話
第一話 プロレスラー殺人事件
控え室、それは戦いを前にした益荒男達が己を奮い立たせる場所。そして同時に、激しい戦いの後、疲れた心と体を癒す安息の場所でもある。
男達の血と汗と涙が染み込んだ室内には、独特な緊張感とにおいが漂っていた……。そんな男達の聖域で、事件は起きた。
ある夜、人気プロレス団体の看板レスラー、マックス川満が遺体となって発見されたのだ。
死因は神経毒による窒息死であった。川満の右腕には注射針の跡があり、傍に転がっていた注射器からは毒が検出されたが、指紋は出てこなかった。
刑事達はすぐに他殺と判断し、殺人事件として捜査を開始した。
川満の死亡推定時刻、後輩レスラー達は全員、会場の後片付けをしていたため、控え室に戻っているのは川満一人きりであった。そこを狙っての犯行と思われる。
川満の体は試合中や練習中にできた痣やすり傷だらけであったが、そのどれもが軽傷であった。
また今日の試合で、相手選手の凶器攻撃によって川満の額にできた傷は、深く切れてはいたが、川満にとって流血試合は毎度のことであり、出血の後も相変わらずパワフルな試合を展開していたそうだ。
その後、刑事達が関係者から情報を集めた結果、一人の人物が容疑者として浮かんできた。会計を担当している宮里だ。
宮里には興行で得られた収益を数度に亘って着服した疑いがもたれており、正義感の強い川満は厳しく追及していたが、いずれも証拠がなく、警察に突き出すまでには至らなかったようだ。
「その横領の話が本当で、川満になにか証拠でも握られたんなら宮里の動機となり得るだろうが、宮里にこの犯行は無理だろうな」
川満の遺体を見ながら中年刑事が言った。
川満が百九十センチを超える大男なのに対し、宮里は百五十センチ足らずのガリガリの小男だった。もし宮里が注射器を手に川満に近付いたとしても、片手で首をへし折られるだろう。
また、川満は背後に立たれるのを極度に嫌うゴルゴ属性の持ち主でもあった。後ろに回り、不意を突いて毒を打ち込むことも不可能である。
「会場には警備員がいるから部外者があちこち歩き回れるものでもねえし……もしかしたら、相手団体のレスラー数名が力任せに川満を抑え込み、毒を打ち込んだという可能性も……」
中年刑事が顎に手を当てた。
「……ってわけです。状況は解りましたか春日先輩?」
やや下がった目尻が人懐っこい印象を与える若い刑事が電話の相手に問い掛けた。
『秋山君、いきなり電話してきて、ってわけですって君ね』
電話の向こうで春日と呼ばれた男が溜息を吐いた。
「おい秋山、何だよ? 妙に携帯持ってウロウロしてやがると思ったらまさかまた、例の犯罪コンサルタントか?」
中年刑事が秋山をジロリと睨む。
「えへへ、実はそのまさかで」
秋山がペロリと舌を出した。
中年刑事が春日のことを犯罪コンサルタントと呼んだのは、秋山が事件の早期解決のためにコンサルタントに相談しているのだと言い張っているからであって、春日は自らをそうだと名乗ったことはただの一度も無く、全くもって、ただの民間人であった。この事実が明るみに出た暁には、秋山は減棒ぐらいでは済まされないだろう。
「先輩、いかにも怪しい宮里さんなんですけど、犯行は無理っぽいんですよ……。任意で所持品検査させて貰ったんですが、持っていたのは家の鍵やサイフの他には湿ったハンカチが2枚だけでしたし……犯人は他にいるんですかね?」
『…………いや、その宮里って人でも充分可能だと思うよ。ある方法を使えばね……』
「え、な、なんですかある方法って!?」
※春日の言うように、非力な宮里が川満を毒殺することははたして可能なのだろうか?
「先輩、本当にそんな方法あるんですか!?」
『うん、結論から言うと、殺害自体に注射器は使用されていないよ』
「へっ?」
『注射器は、川満氏の腕に注射針の跡を残すためだけに使用されたんだ。まず、宮里さんは川満氏と二人っきりになってから、川満氏の額を見て、こう言ったんだと思うよ。「川満さん、血が出てますよ、拭いてあげます」ってね。そしてハンカチを手に持って近付き、額の血を拭ってあげた。……毒が付いていたのはそのハンカチだったのさ』
「ハ、ハンカチに!?」
『ああ、傷口から入った毒が体に回り川満氏は死亡、宮里さんは傷口に付いている毒を別のハンカチで拭き取り、腕に注射針の跡を残した。注射器を傍に残したのも、毒が少し入っていたのも全て計算だよ。非力な自分にこの犯行は無理と警察に思わせるためのね。で、証拠だけど、宮里さんが所持していたというハンカチを調べてごらん。すでにトイレで洗ってあって、毒は消えているかもしれないけど、見た目はきれいになっていても出るはずだよ、ルミノール反応がね』
春日の指示通り、秋山は宮里の身柄を確保し、所持していたハンカチを鑑識に回した。すると予想通り血液反応が出た。動かぬ証拠を突きつけられ、宮里は観念し犯行を認めた。
動機はやはり横領の証拠を川満に掴まれたためであった。川満の試合が流血試合になることが多いことからこの犯行を思い付き、日頃から機会を窺っていたそうだ。
第二話 おとなのオモチャ殺人事件
「もっ、もしもし! 妻が、家に帰ったら妻が!」
とある日の警察に、帰宅したら妻が何者かに殺害されていた、と男から電話が入った。
警察が急いで現場へ向かったところ、ベッドに横たわった女が胸をナイフで刺され死亡していた。争った形跡が無いことから、寝ているところを襲われ、抵抗する間も無く殺害されたものと思われる。検視の結果、死亡推定時刻は午前四時頃と断定された。
「居間の窓ガラスが一枚割られてまして、そこから何者かが侵入したと思われるんですが、犯人を特定できるような指紋や足跡は発見できませんでした。後、遺体が動かされた形跡は一切ありません。……ここまではいいですか?」
秋山が電話の向こうに居る春日に訊ねた。
『ん』
と短い返事。
「一見すると強盗の犯行に思えるんですが、実はその他の可能性もありましてね」
『ほう』
「殺害された奥さん、浪費癖があったようです。それはもうハンパなく。旦那さんはそれについて、前々から頭を悩ませていたみたいです。その旦那さんが、ついにブチ切れた……という可能性もあります」
『なるほど』
「しかし旦那さんにはれっきとしたアリバイがありまして……。奥さんの死亡推定時刻の午前四時、旦那さんは現場から遠く離れたホテルの一室で、モーニングコールを受けてるんです」
『ふうん?』
「ホテルのフロント係はこう証言してます―午前四時に起こすよう念を押されていたので、きっちりその時間に掛けたところ、しばらくコールすると旦那さんが出たんだそうです。既に起床していた様子で、ヒゲでも剃っていたのか、ずっとウィィィィンと機械音がしていたらしいです。そして旦那さんが日替わりランチのメニューやルームサービスについて訊いてきたので、質問に答えたそうです」
『ふむふむ。電話に出たのは旦那さんで間違いないのかな?』
控え室、それは戦いを前にした益荒男達が己を奮い立たせる場所。そして同時に、激しい戦いの後、疲れた心と体を癒す安息の場所でもある。
男達の血と汗と涙が染み込んだ室内には、独特な緊張感とにおいが漂っていた……。そんな男達の聖域で、事件は起きた。
ある夜、人気プロレス団体の看板レスラー、マックス川満が遺体となって発見されたのだ。
死因は神経毒による窒息死であった。川満の右腕には注射針の跡があり、傍に転がっていた注射器からは毒が検出されたが、指紋は出てこなかった。
刑事達はすぐに他殺と判断し、殺人事件として捜査を開始した。
川満の死亡推定時刻、後輩レスラー達は全員、会場の後片付けをしていたため、控え室に戻っているのは川満一人きりであった。そこを狙っての犯行と思われる。
川満の体は試合中や練習中にできた痣やすり傷だらけであったが、そのどれもが軽傷であった。
また今日の試合で、相手選手の凶器攻撃によって川満の額にできた傷は、深く切れてはいたが、川満にとって流血試合は毎度のことであり、出血の後も相変わらずパワフルな試合を展開していたそうだ。
その後、刑事達が関係者から情報を集めた結果、一人の人物が容疑者として浮かんできた。会計を担当している宮里だ。
宮里には興行で得られた収益を数度に亘って着服した疑いがもたれており、正義感の強い川満は厳しく追及していたが、いずれも証拠がなく、警察に突き出すまでには至らなかったようだ。
「その横領の話が本当で、川満になにか証拠でも握られたんなら宮里の動機となり得るだろうが、宮里にこの犯行は無理だろうな」
川満の遺体を見ながら中年刑事が言った。
川満が百九十センチを超える大男なのに対し、宮里は百五十センチ足らずのガリガリの小男だった。もし宮里が注射器を手に川満に近付いたとしても、片手で首をへし折られるだろう。
また、川満は背後に立たれるのを極度に嫌うゴルゴ属性の持ち主でもあった。後ろに回り、不意を突いて毒を打ち込むことも不可能である。
「会場には警備員がいるから部外者があちこち歩き回れるものでもねえし……もしかしたら、相手団体のレスラー数名が力任せに川満を抑え込み、毒を打ち込んだという可能性も……」
中年刑事が顎に手を当てた。
「……ってわけです。状況は解りましたか春日先輩?」
やや下がった目尻が人懐っこい印象を与える若い刑事が電話の相手に問い掛けた。
『秋山君、いきなり電話してきて、ってわけですって君ね』
電話の向こうで春日と呼ばれた男が溜息を吐いた。
「おい秋山、何だよ? 妙に携帯持ってウロウロしてやがると思ったらまさかまた、例の犯罪コンサルタントか?」
中年刑事が秋山をジロリと睨む。
「えへへ、実はそのまさかで」
秋山がペロリと舌を出した。
中年刑事が春日のことを犯罪コンサルタントと呼んだのは、秋山が事件の早期解決のためにコンサルタントに相談しているのだと言い張っているからであって、春日は自らをそうだと名乗ったことはただの一度も無く、全くもって、ただの民間人であった。この事実が明るみに出た暁には、秋山は減棒ぐらいでは済まされないだろう。
「先輩、いかにも怪しい宮里さんなんですけど、犯行は無理っぽいんですよ……。任意で所持品検査させて貰ったんですが、持っていたのは家の鍵やサイフの他には湿ったハンカチが2枚だけでしたし……犯人は他にいるんですかね?」
『…………いや、その宮里って人でも充分可能だと思うよ。ある方法を使えばね……』
「え、な、なんですかある方法って!?」
※春日の言うように、非力な宮里が川満を毒殺することははたして可能なのだろうか?
「先輩、本当にそんな方法あるんですか!?」
『うん、結論から言うと、殺害自体に注射器は使用されていないよ』
「へっ?」
『注射器は、川満氏の腕に注射針の跡を残すためだけに使用されたんだ。まず、宮里さんは川満氏と二人っきりになってから、川満氏の額を見て、こう言ったんだと思うよ。「川満さん、血が出てますよ、拭いてあげます」ってね。そしてハンカチを手に持って近付き、額の血を拭ってあげた。……毒が付いていたのはそのハンカチだったのさ』
「ハ、ハンカチに!?」
『ああ、傷口から入った毒が体に回り川満氏は死亡、宮里さんは傷口に付いている毒を別のハンカチで拭き取り、腕に注射針の跡を残した。注射器を傍に残したのも、毒が少し入っていたのも全て計算だよ。非力な自分にこの犯行は無理と警察に思わせるためのね。で、証拠だけど、宮里さんが所持していたというハンカチを調べてごらん。すでにトイレで洗ってあって、毒は消えているかもしれないけど、見た目はきれいになっていても出るはずだよ、ルミノール反応がね』
春日の指示通り、秋山は宮里の身柄を確保し、所持していたハンカチを鑑識に回した。すると予想通り血液反応が出た。動かぬ証拠を突きつけられ、宮里は観念し犯行を認めた。
動機はやはり横領の証拠を川満に掴まれたためであった。川満の試合が流血試合になることが多いことからこの犯行を思い付き、日頃から機会を窺っていたそうだ。
第二話 おとなのオモチャ殺人事件
「もっ、もしもし! 妻が、家に帰ったら妻が!」
とある日の警察に、帰宅したら妻が何者かに殺害されていた、と男から電話が入った。
警察が急いで現場へ向かったところ、ベッドに横たわった女が胸をナイフで刺され死亡していた。争った形跡が無いことから、寝ているところを襲われ、抵抗する間も無く殺害されたものと思われる。検視の結果、死亡推定時刻は午前四時頃と断定された。
「居間の窓ガラスが一枚割られてまして、そこから何者かが侵入したと思われるんですが、犯人を特定できるような指紋や足跡は発見できませんでした。後、遺体が動かされた形跡は一切ありません。……ここまではいいですか?」
秋山が電話の向こうに居る春日に訊ねた。
『ん』
と短い返事。
「一見すると強盗の犯行に思えるんですが、実はその他の可能性もありましてね」
『ほう』
「殺害された奥さん、浪費癖があったようです。それはもうハンパなく。旦那さんはそれについて、前々から頭を悩ませていたみたいです。その旦那さんが、ついにブチ切れた……という可能性もあります」
『なるほど』
「しかし旦那さんにはれっきとしたアリバイがありまして……。奥さんの死亡推定時刻の午前四時、旦那さんは現場から遠く離れたホテルの一室で、モーニングコールを受けてるんです」
『ふうん?』
「ホテルのフロント係はこう証言してます―午前四時に起こすよう念を押されていたので、きっちりその時間に掛けたところ、しばらくコールすると旦那さんが出たんだそうです。既に起床していた様子で、ヒゲでも剃っていたのか、ずっとウィィィィンと機械音がしていたらしいです。そして旦那さんが日替わりランチのメニューやルームサービスについて訊いてきたので、質問に答えたそうです」
『ふむふむ。電話に出たのは旦那さんで間違いないのかな?』
作品名:推理げえむ 1話~20話 作家名:Mr.M