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推理げえむ 1話~20話

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 携帯は圏外。スキーに必要な道具は全て向こうでレンタルするつもりだったので、どうすることもできない。今、彼等に在るものはかっちかちになったホカロンのみであった。
 ついに日が落ち始め、辺りは急速に暗くなってゆく。ここに、進退極まった。
 春日がガタガタ震えながら、裸で抱き合い暖め合うか、遺書を書くか本気で迷っていると、視界の端が光を捉えた。目を凝らすとやはり遠くに明かりが見える。人工の明かりであるのは間違いない。春日は声を上げた。
 
 這うようにして近付くと、森の拓けたところに雪をまとった洋館が建っていた。日が沈んだのが逆に幸いした。かすかな明かりを見逃さずに済んだのだ。
 洋館は高い柵に囲まれていたが、庭へと続く門の格子扉は開け放たれたままだった。雪が降り積もると開閉できなくなるからだろう。扉まで辿り着くとノックする。柱や壁はモルタル造りらしく、それ程古い建物ではないようだ。しばらく叩き続けると、重厚な扉が内側に開き、そこに初老の男が立っていた。二人の姿に驚きの表情を見せる。
「一体如何なさいました……!」
 整えた白髪に口髭、黒燕尾にピンと伸びた背筋。どこからどう見ても執事だ。といっても、二人は本物を見るのは初めてだった。
「と、突然申し訳ありません。失礼ですが、お家の方でらっしゃいますか?」
 春日は寒さのせいで口も頭も回らない。
「はい、私はこの邸の執事を仰せつかっている者でございます」
 春日はかいつまんで事情を説明した。
「しばらくお待ちください。お伺いを立てて参ります」
 執事が中へ引っ込み扉を閉めた。その場で足踏みして待つこと数分、ようやくお許しが出た。
「お待たせ致しました。どうぞ」
 その言葉と同時に二人は中へ転がり込み、そして眼を見張った。眼の前にあるのは、だだっ広い空間だった。吹き抜けの高い天井に高級感漂う絨毯。煌びやかな装飾に彩られた、それは豪華なエントランスホールだった。細部に関する説明は省く。とにかく美しいのだ。
「まずは体を温めませんと。どうぞこちらへ」
 春日と秋山は歯をカチカチさせながら礼を言い、執事の後に憑いて行った。暖房のきいた客間へ通され、そこでタオルと毛布を渡された。脱いだ服は乾燥機に掛けてくれるそうなので預け、素っ裸で毛布に包まり、体内に溜まった冷気を吐き出す。息を吸うと肺に暖かい空気が流れ込んでくる。しばらくすると、かじかんでいた手足がじわじわと感覚を取り戻してくるのが分かる。そんな風にして、蓑虫二匹が生還の喜びを噛み締めていると、今度は本物のメイドが料理を運んできた。
「あり合わせのものですので、お口に合いますかどうか」
 テーブルの横で執事が直立不動のまま言った。使用人達のまかないかなにかだろう、たっぷり野菜の入ったスープがほこほこと湯気をたてている。二人は目の色を変えて飛び付いた。
 料理をあっという間に平らげ、出された茶をすすっていると、部屋にガウンで身を包んだ男が現れた。春日が立ち上がって挨拶すると、男はイライラした様子で言った。
「お前らか、遭難者ってのは、いったいどこから入り込んだ」
 春日は今までの経緯をもう一度説明した。
「……この辺りの山は全て私有地だぞ。字が読めんのか、まったく! 泊めてやるのはかまわんが、家の中をウロウロするなよ」
 そう吐き捨てると男は出て行った。
「怖っ、なんか感じ悪いっすね」
「しっ……! 逆の立場で考えてごらんよ、もし自分の家にわけのわからない遭難者が転がり込んできたら泊める上に食事まで出してニコニコしてられるかい? あの危機的状況を脱することが出来たのに、これ以上何かを望むのは贅沢だよ」
「そ、そうですね。すみません」
「あ、執事さん、今の方がご主人様でいらっしゃいますか?」
「いえ、今居られたのは兄上の幸一郎様でございます」
「……そうでしたか、では後ほど改めてお礼を言わせて頂きたいのですが」
「はい、では―」
 会話の途中でまた一人男が部屋に入ってきた。先程の男と顔がよく似ているがこちらは幾分若く、穏やかな顔付をしていた。
「旦那様」
 執事が頭を下げた。
「おいおい、名前で呼んでって言ってるでしょ。兄さんが不機嫌になるから」
「は、申し訳ございません。幸次郎様」
「あなた達ですか、道に迷ったというのは。いや、元気そうでなにより。父さんが病気で逝ってしまったばかりで家の空気が沈んでいるのに、また死人が出ては堪らないからね」
「こ、幸次郎様」
「おっと……しかし、敷地に氷のオブジェが二体建つのも風情があって良かったかもしれないな」
 そう言うと男は悪戯っぽく笑った。
「それは確かにそうかもしれませんが、夏になったらにおいが出ますよ」
 春日が言うと男は楽しそうに笑った。
「ああ、それは困る」
 春日と秋山が口々に礼を述べると幸次郎はにこやかに手を振り、部屋を後にした。

「お湯加減はどうですか?」
 この邸の使用人の一人であるという、泉崎青年が脱衣所から訊ねてきた。春日と秋山は今、使用人達が使う浴室の、小さな浴槽に二人並んで首まで浸かっていた。
「最高ですぅ」「バッチリですぅ」
 良い感じに茹で上がった春日と秋山が答えた。
「あはは、それはよかった」
「はあ……地獄に仏とは正にこのことだねぇ」
「ほんとうにそうですよねぇ。いやしかし危なかったですね。もうボク、先輩と裸で温め合うか遺書を書くか、本気で迷ってましたもん」
「あ、ああそう……。ああ、ときに泉崎さん」
「はい?」
「さっき廊下に飾ってあった写真ですけど、あれすごい綺麗でしたね。飛行機から撮ったものですかね?」
 眼鏡を湯気で曇らせ、春日が聞いた。浴室へ向かう途中に見掛けたものだ。上空から山の雪化粧を撮った写真で、空の青さと雪の白さが際立つ、美しい写真だった。
「ああ、あれは幸一郎様がご趣味のパラグライダーをしながら、この邸の敷地で撮影されたものです」
「へえ、パラグライダーですか」
「自分ちでパラグライダーとか、スゴ……」
 途方も無い話に秋山が溜息を洩らした。
「でもこの辺りはですね、季節風って言うんですか? 毎年この時期になると同じ方向から強めの風が止むこと無くずっと吹き続けるようになるんですよ。だから、ライディングできるのは雪の降り始めだけだそうです」
「あら、それは残念ですね」
「それに、山の天気は変わりやすいですからね、注意してないと―」
『山舐めてすみません』
 春日と秋山が同時に額を湯に付けた。
「ははは、でも予報ではこの雪も朝には止むそうですから。あ、でもこれだけ降ったらすぐには道通れないかもしれないな……」
「いやもうホント、ご迷惑お掛けします。なにもかも先輩が悪いんです」
「君の方だっての。……あ、そうだ泉崎さん、立ち入ったことをお聞きしますけど、前のご当主様は最近お亡くなりになられたんですか?」
「ええ、つい先月癌でお亡くなりに……」
「それはご愁傷様です……。それで、その、ご長男ではなく、ご次男が後を継がれたんですか?」
「ちょっ、先輩、どんだけ立ち入ってんですか」
「ご、ごめん、気になって」