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推理げえむ 1話~20話

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「うん……しかしボンベの中では液体窒素の蒸発は続いていて……遂に内部の圧力に耐え切れずボンベは破裂、その衝撃でLPガスのボンベも爆発したわけだ……」
「なるほど……! 池谷さんにボンベのバルブを閉めさせた……閉めたから爆発した、ですか……。ですが証拠は……?」
「一般的なガスボンベには、安全弁というのが付いていて、ボンベ内の圧力が一定以上まで上昇すると、爆発事故を防ぐため自動的に弁が開き、ガスを外へ逃がす仕組みになっている。弁が開かないように何か細工したんだろうけど、もう爆発の衝撃で変形しちゃってるしなあ……」
「太ももの怪我を診断させて貰うか、後はサービスエリアに島尻さんの車が今も在るのか無いのか」
「うん。もし既に故障したと偽ってレッカー移動させてたらちょっとだけ厄介だね。でもまあ、証拠を隠滅される前にカタをつければいいさ。……というわけで、君は今の話を島尻さんにして、やんわりと自首を勧める方向で。……じゃ僕トイレ」
 踵を返した春日の腕を秋山ががしりと掴んだ。
「……先輩、ボクだけに全て押し付けようったってそうはいきませんよ」
「え? な、何のこと?」
「なあにが、君が好意を持つのも分かる、ですか全く。ああいう大人の美人に弱いのは先輩の方でしょ! 島尻さんのこと目で追っかけちゃったりして! 彼女のことを疑いながらも、本当は彼女が犯人でなければいいと思ってたんでしょ? でも、彼女が犯人ではない別の可能性を探そうとすればするほど、証拠を集めれば集めるほど、それは彼女の犯行を裏付けるものにしかならなかった……。上手くボクをノセたつもりなんでしょうが騙されませんよ」
「あ……あらあ……」
「ほら、行きますよ!」
 二人は歩き出した。その足取りは実に重たいものだった。


「お二人が刑事さんだと聞いたとき、なんとなくこうなる予感がしてました……」
 二人から自首を勧められた島尻は薄く笑いながら呟いた。
「いえ、僕は本屋です」
 春日はそう言いかけたが話がややこしくなりそうなので止めた。代わりに、
「島尻さん、あなた、池谷さんが二年前に起こした事故で怪我を負った男性の関係者ですね?」
 島尻と秋山が驚いた顔で春日を見た。
「事故があったのが二年前。池谷さんが今の会社に勤め始めたのは一年前。バスのドライバーが自分の事故歴をベラベラ喋ることはしないだろうし、半年前から勤め始めた島尻さんが事故を知ってるってことはそうなのかなって……」
 島尻が俯いて口を開いた。
「仰る通り…事故の時怪我をしたのは私の彼氏です……いえ、でした……」
「でした?」
「はい……亡くなりました……一年前……」
「な、亡くなったんですか!? その事故が原因で!?」
 秋山が眼を剥いて訊ねた。
「いえ。怪我は一カ月程で治りました。示談になって、治療費も慰謝料も支払われました。でも……しばらくして怪我が原因の後遺症が出て……彼は、以前のように指が動かなくなりました……」
「指が?」
「はい……彼は……CDデビューが決まったバンドのギタリストでした……事故の後遺症が出た場合は特別に慰謝料を再請求出来て、またいっぱいお金を貰ったんですけど……彼は人が変ったようにそのお金でお酒ばかり飲むようになってしまって…………一年前に……部屋のベランダから……飛び降りて……」
「じ、自殺……」
 島尻の瞳と唇から押し殺していたものが溢れ出た。
「ギターが弾けなくなった。たったそれだけのことで自殺するのが理解出来ませんか? ……私は……私は全く理解出来ません……! ……ただ、彼にとっては掛替えの無いものだったんでしょうね……何よりも……私よりも……そう思うと……悲しくて……悔しくて……彼を、恨みました……池谷さんに復讐とかじゃないんです……怒りをぶつけるところがなくて……それで……池谷さんを……そのために池谷さんの再就職先まで調べて……逆恨みですよね……私、最低ですよね……捕まるのが怖くて、コソコソいろんな仕掛けして……それでも……私は……」
 最後の方は聞きとれなくなっていた。
「聞くところによると、今日になって予約をキャンセルした三つの団体があったそうですが、ここの管理者が駐車場のキャパを超えて予約を受け付けることはないと見越して、架空の団体名と人数で駐車スペースを確保しておいたのも、あなたですね?」
「うお!? ほ、本当ですか!?」
「そうしておくことで、爆発に巻き込まれる人間が出ないようにしたんだ。実際そうなった。しかし島尻さん……あなたが遠ざけた子供連れの夫婦のように、飛び込みの客もいる。近所の子供達が遊びに来ることだってあるかもしれない。他に被害者が出なかったのは全くの偶然なんですよ。あなたはこのような殺害方法を採るべきじゃなかった。いや、そもそも池谷さんの殺害を考えるべきじゃなかったんだ……!」
「……はい……すみません……すみません……」
 影が泣いていた。
 全てが赤く染まった代わりに、夕陽を背負った島尻だけが真っ黒に染まり、さめざめと、泣いた。

 その後、島尻の自供に基づき、地元警察によってサービスエリア内の捜査が行われ、間もなく島尻所有の乗用車が発見された。中からは液体窒素を保存するための特別な容器とLPガスが詰まったガスボンベも発見され、春日の推理を裏付けるものとなった。なお、ボンベの安全弁に対する細工は、弁をハンマーで叩くことにより変形させ、弁を正常に作動させなくするという単純なものであった。
 
 
 
   第七話 コーヒーブレイク殺人事件

 ある寒い夜。老朽化の進んだアパートの一室で男四人が麻雀卓を囲んでいた。
 閉めきった室内に充満する、この淀んだ空気は男達が吐き出す煙の所為だけではない。畳の上は隙間無くゴミで埋め尽くされ、喰い散らかしたラーメンやら弁当やらは発酵し、台所の流しには数十日分もの洗い物が放置されていた。そのまばゆいばかりの異臭に誘われて、名前も分からぬ虫が元気に歩き回っている。
 男達は人間に秘められし環境適応能力を余すところ無く発揮しつつ、小さな石の動きに一喜一憂している。そんな、心温まる光景がそこにあった。
「をいをい、楽勝過ぎて眠くなっちゃうよ?」
 東家に座するのはこのメンバーのリーダー格で、大の麻雀好きでもある末吉だった。
「ほざけよ。偶々ヒキが良いだけだろうが」
 南家に座するのが久米。負けが込んでいるせいか次々と煙草を灰にしていく。
「そうそう。いつもならツモの悪さに不機嫌になってる頃っしょ」
 西家で点棒をチャラチャラと弄んでいるのが古島。この部屋の主でもある。
「…………」
 北家で自分の牌を食い入るように見詰め、やたら瞬きの多いのが辻である。
 この四人は同じ大学に在籍しており、週に二回はこうやって卓を囲んでいた。しかし今日に限って珍しいことがあった。いつも全員分のコーヒーを買いにコンビニまで行かされるのは辻なのだが、なんの気まぐれか、古島が、今日は自分が行くと言い出した。