カムイ
良からぬ予感がして、畑仕事の最中にふと遠くへ目をやると、雲を思わせるようななにかの塊りが、川向こうに見えたかと思うと日差しを遮って、ザァーーーーという音とともに、みるみる近づいて来るや菜葉に群がり、畑一面を茶色く染めた。
変色したバッタである。
鍬を振りかざしてバッタを追い払おうとしたが、それはますます増え続けて、空を切るだけの、むなしい所作を繰り返すばかりである。
逆に、体に取り付かれる有様であった。
息が苦しくなるほどに顔にもまとわりつき、腕で口と鼻を隠す。目を開けてはいられない。
文左衛門が息せききって駆けて来ると、小屋の戸に手をかけて、大声で叫んだ。
「早く、早く小屋に入れ!」
鍬を放り出して、手で顔にまとわりつくバッタを振り払いながら、文左衛門の声を頼りに小屋に駆け戻った。
文左衛門は、カムイに水をかけてから戸を少しだけ開いて、カムイの腕を取って押し入れると、自らもバッタを振り払いつつ、滑り込むようにして入る。
そして、外の様子をうかがうと急いで戸を閉めた。
「フーッ、蝗(いなご)だ。植物すべてを食い尽くすまで増え続けるんだ。数年ごとに、やってきやァがる」
カムイは戸にもたれて坐り込み、あえいでいる。
「ここに・・・住んでたことが、あるのか?」
「ああ、すべてやられてな、ここを見捨てたんだよ・・・いンや、ワシが、見捨てられたんだな」
自嘲気味に、笑みを浮かべてはいるが、それでも吐き捨てるようにつぶやいた。