校正ちゃん、再び
「やっぱり、疑問に思うよね? キミみたいな一般人に、校正の訓練をするためのデバイスである、あたしみたいなのが埋め込まれちゃったこと」
まぁ、それはこの1年ずっと思ってたことだ。
「うーん。そうねぇ、何て言ったらいいのかなぁ。さっきの新聞の件を思い出して欲しいんだけど、要するに、科学技術的なことをはじめ、社会的インフラが果たす機能って言うか、色んなことの仕組み自体が変化してきてるってことと関わりがあるのよね。昔はさ、当然のことながら、文字はアナログデータオンリーで通用してるものだったわけじゃない? もちろん知ってると思うけど、紙なんかに直接に手で書くか、印刷物は全て活字を使ってたんだよね。だから、文書を印刷した後に間違いを見つけたって、おいそれとは修正できないわけ。具体的には、業界の用語で “ゲラ” っていうチェック用に仮に仕上げたモノを刷って、その段階で徹底的に校正をかけるのよね。そうやって活字の間違いを修正し終わって初めて、本番印刷用の版を組むことが出来るんだよね。今から考えたら、ホントに面倒でややこしいことをやってたわけよ」
「そっか、昔は大変だったんだな。ソレで?」
「それがここ20〜30年くらいの間に状況が激変するわけじゃない? ま、印刷工程の電算化自体はもう少し前から始まってたけど、最も様変わりしたのは入稿の方式よね。つまり、いわゆる手書きの生原稿ってヤツが殆ど無くなっちゃったってことよ。確かに、年配の作家さんとかだと、未だに万年筆使って仕事してる人だっているけど、そういう場合でも、作品を出版するときには、先ずデータ化しないとダメなわけよ。新聞なんかだともう手書きなんて一切やっちゃダメで、専用端末に入れた校正機能付きの入力ソフトで原稿を書いて、ソコからダイレクトに会社の専用サーバに送信してしまうケースが殆どよね」
「だんだん、校正ちゃんが何を言いたいのかわからなくなってきたよ」
「あらあら。ま、要するに、印刷物を作る工程としての校正作業が担う役割が、コンピューターの普及やソレに伴う社会の変化によって、大幅に変わってきちゃってるってことよ。活字使ってた頃は、版をつくるのにとにかくコストがかかっちゃってたから、少しでもソレを減らす為に、かなりのスピードや正確さが要求されてたみたいね。で、原稿入力も印刷工程も両方電算化した後は、やたらと誤変換が増えちゃったり、コピペの影響で脱字や句読点抜けが蔓延しちゃったり、アナログの工程では考えられないことが頻発するようになって、校正者の方もソレに対応する必要がでてきちゃった。この前に言った “文字列をビジュアルとして捉える” っていうのは、現代の校正者に必須の能力になっちゃったわけよ」
「まだ、よくわかんないんだけど」
「それで、最近は、パソコンもネットも、スマホみたいな携帯端末まで社会全体に普及し尽くして、誰でも彼でも文章を書いてソレを公の目の前に晒す時代になったわけじゃない? そうなるとさ、校正なんてかける手間も労力もどんどん省かれていっちゃって、挙げ句の果てに、誤変換なら誤変換したままの言葉が流通するようになったり、間違った使い方した言葉が、そのまんまの形でログへ大量に残ったりするようにまでなったわけよね。そうなると、もう商業的な印刷物にだけ校正をかけてればいいなんて悠長なことを言ってられないんだよ。現代社会は、既にそういう由々しき状況に突入しちゃったわけよ。そこで、草の根的に一般人にも校正者を育成して、社会全体に校正という行為そのものを広めていく必要が出てきたということなのよね。ま、今は入力変換ソフトに校正機能が付属してることも多いから、ソレを使えば間違い自体は少なくなるけど、校正を含んだ “言語を操る能力” そのものを鍛えてくれるわけじゃないから、地道に人材を育てた方が遠回りなようでも確実な方法なんだよね」
お、ようやく話が繋がった。なるほど、僕と校正ちゃんが出会ったのは、全くの偶然というわけでもなかったんだね。ちゃんとそれなりの思惑があって僕という人間が選ばれたわけだ。
「いいえ。やっぱ偶然でしょ(ココロ読んでんのか? やっぱ、今回のタイトルの影響なのかな?)。あたし以外にも校正デバイスは、たくさん存在してるからね。でも、まぁ、せっかくこうやって縁があったわけだから、もう1年もコンビとして過ごして来たわけだし、さっきも言ったように、そろそろ草の根の校正者としての自覚を持って……」