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天の卵~神さまのくれた赤ん坊~【後編】Ⅲ

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 けれど、それはけして望んではならない夢だとも承知していた。紗英子への復讐として直輝を寝取るつもりではあったけれど、彼女の思い描いていた復讐は所詮、そこ止まりだったのだ。何も紗英子から〝夫〟としての彼を奪おうとまで考えていたわけではなかった。
 なのに、今、こうして直輝に初めて抱かれ、有喜菜はもっと欲張りになっている。直輝に、ずっと一緒にいて欲しいと、彼の側にずっといたいと願うようになってしまった。
 だが、有喜菜はそれだけはしたくなかった。たとえ紗英子がもう親友とは呼べなくなってしまっても、有喜菜を子どもを生ませるために都合良く利用したのだとしても、かつての友として、その夫を奪い家庭を壊すなんてできるはずがなかった。
 想いに沈む有喜菜の耳を、直輝の声が打った。
「もう、遅すぎるんだろうか」
 有喜菜は俄に現実に引き戻され、弾かれたように顔を上げる。
 直輝がふいに洩らした呟きには、意外にも懇願するような響きがあった。
「え?」
 意味を図りかねて問うと、いきなり覆い被さってきて、烈しく貪るような口づけをされた。
「君が好きだ、いや、ずっと好きだった」
 有喜菜は我が耳を疑い、愕然とした。
「でも、あなたが選んだのは紗英子よ」
 直輝は噛みつくように言った。
「違う。俺は最初から君だけを見ていたのに、君は俺を見ようともしなかった」
「それは違うわ。私だって、あなたのことを」
 言い淀んだ有喜菜を、直輝は燃えるような眼で見つめた。
「そうなのか?」
「だから、言ったでしょ。六年ぶりに再会したときも。四月の初めに、あのピアノバーで出逢ったときにも同じことを私、あなたに言ったわ」
「ああ、確か君はそんなようなことを言っていたな。あのときは君から聞いた話―妊娠のことがあまりにショックで、実は自分が何を話して何を聞いたのさえ、憶えていないんだ」
「酷いわ。私の告白をろくに憶えてもいないのね」
 冗談めかして微笑みかけ、逆に、かつて見たことがないほど真摯なまなざしを向けられた。
「なら、遅くはないのか? 俺たちはまだ、あの瞬間―二十三年前に戻って、やり直せるのか?」
 今度は有喜菜が沈黙する番だった。
「それは、あなた次第よ」
 口にはしなかったが、〝紗英を棄てられるの?〟という言葉を飲み込む。
 直輝が昔を懐かしむ口調で言った。
「あの頃、俺は本当に君に惚れていた」
 今、初めて耳にする心情の吐露に、有喜菜は問い返さずにはいられなかった。
「何で、紗英の告白を受け容れたの?」
「それは―」
 直輝は少し逡巡を見せ、思い切ったようにひと息に言う。
「紗英子から、君には別に想う男がいると聞かされたからだ」
「ええっ」
 思わず苦し紛れの悲鳴のような声が上がった。
 また、沈黙。その間、直輝の端正な面にはあらゆる感情がよぎっていった。
 悔恨? 疑惑? それとも、歓びか怒り?
「―違うのか?」
 有喜菜は低いけれど、きっぱりとした声で応えた。
「そんな男はいなかったわ」
「じゃあ、あいつが嘘を?」
 有喜菜は何も言わなかった。言えるはずがない。紗英子は直輝の妻なのだ。長年信じ連れ添った人生の伴侶を直輝の前で貶めるようなことはできない。それは紗英子へのというよりは、直輝へのせめてもの思いやりだ。
 直輝が信じられないといった面持ちで烈しく首を振った。
「馬鹿な、紗英子が俺に嘘を告げたのか? あいつは君には他に好きな奴がいるらしいと無邪気な顔で俺に話し、俺は疑うこともなく、それを信じた」
 直輝は絶句し、やりきれないといった様子で首を振る。
「だから、紗英子の告白を受け容れた。あいつには申し訳ないが、紗英子と付き合い始めたときの気持ちの中には半ば自棄のようなものもあった」
 ふいに、有喜菜の中に紗英子に対して〝自業自得〟という言葉が浮かんだが、もちろん、それを口にしないだけの分別はあった。
「俺は今でもお前を愛してる」
 いつしか〝君〟が〝お前〟になっているのも彼は気づかないようだ。
 そう、ずっと以前、直輝はいつも有喜菜を〝おまえ〟と呼んでいた。直輝の側にいたのは紗英子ではなくて、自分―有喜菜だったのである。
 あの頃、紗英子が直輝と有喜菜それぞれの互いを想い合う気持ちを知っていたのかどうかは判らない。また、自分たちを故意に引き裂こうと明確な意思を持って、直輝にそんな見え透いた嘘を告げたのかも今となっては判らなかった。
 ただ、紗英子は、いつも直輝の側にいて彼の男友達と同様に屈託なく話し肩をたたき合う有喜菜を疎ましいものに思っていたのは間違いない。だからこそ、有喜菜を追い払うために、邪魔者を消すために、ありもしない嘘をついたのだ。
 結果として、直輝は紗英子の他愛ない嘘を頭から信じ込み、そのささやかで残酷な嘘は若い二人を永遠に引き裂いた。直輝の側には有喜菜の代わりに紗英子が居座り、時は無情に二人を隔てたまま流れていったのだ。
「有喜菜、俺はお前が今でも好きだ」
 もう一度、彼女の心に刻みつけるように、彼はひと言、ひと言、はっきりと言った。
「私もよ」
 熱いまなざしが絡み合う。二人は再び、めくるめくひとときに身を投じていった。
 しばらく有喜菜は直輝に跨り烈しく揺さぶられていたかと思うと、やがて彼はくるりと身体を反転させ、有喜菜は彼と繋がったままの体勢で瞬く間に彼の下になった。
 直輝は有喜菜の膝裏に両手を差しいれ、ぐっと開かせる。これ以上は開けないというところまで開かされた彼女の脚を高々と持ち上げると、よりいっそう彼を深く最奥で受け容れることになる。
 最も敏感な最奥を鋭い切っ先で抉られ、突かれ、有喜菜は息も絶え絶えになり、意識が朦朧としてきた。
「うっ、ああっ、あーっ」
 直輝は何かに追い立てられるかのように有喜菜の両脚を掴み、烈しく前後に揺する。
 既に二度も絶頂に達した身体は忽ちの中に切なさに飲み込まれ、すっかり敏感になった内奥はこれまで以上に感じている。
「あうっ、ああっ、う―」
 壊れてしまう、これ以上、こんな荒淫を続けたら、私、壊れてしまう。
 有喜菜は嫌々をするように首を振った。
「直輝、もう駄目。これ以上、続けたら、お腹の赤ちゃんにも影響が出るかもしれない」
 基本的にセックスは安定期であれば、不可能ではない。しかし、子宮への過度の刺激は、時として流早産の引き金になることもあるという。
 今、直輝の大きなものは有喜菜の最奥部を深々と刺し貫き、快感に下がった有喜菜の子宮の入り口に直輝自身が当たっていた。その子宮を突かれることがまた新たな刺激となって有喜菜を悶絶させているのだ。
 やはり、どう考えても、ここまでの荒淫が胎児に良いとは思えなかった。
 何とか直輝を止めようと口にした言葉だったのだが、赤ん坊の安全というのはかなりの効果があったらしい。やはり、彼も父親としての自覚があるのだ。
 直輝は一、二度軽く突きを繰り返すと、三度目にはひと突きで最奥部を狙った。
「あ? ああーっ」
 不意打ちを食らい、有喜菜は絶叫し、か細い身体を仰け反らせた。
 みっちりと直輝をくわえ込んだ肉筒が烈しく収縮を繰り返し、彼をきつく締め上げる。