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天の卵~神さまのくれた赤ん坊~【後編】Ⅰ

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 中学一年で直輝と同じクラスになったときから、彼とはすぐに意気投合した。もちろん男女というよりは、有喜菜自身が男っぽい性格だったし、当時はまるで女を感じさせないタイプだったから、男同士の友情に近い関係を築いていた。そんな中で、直輝への想いが単なる友情ではなく恋心だと気づいたのは、いつの頃だったろうか。
 それでも、有喜菜はその気持ちを表に出さなかった。見かけよりは奥手で臆病だったせいもある。直輝に告白してフラレてしまったら、もう今までどおりにはつきあえない。告白して側にいられなくなるよりは、友達としてでも側にいたいという切ない心が勝ったのだ。
 だから、直輝とは良い友達のまま月日は過ぎ、やがて二年になり、二人は別々のクラスになった。二年では紗英子と直輝が同じクラスになった。既にその時、有喜菜は紗英子に直輝を紹介していた。もちろん、彼氏などではなく、単なる気の合うクラスメートとして、だ。
 だから、まさか内気で何をするにも消極的な紗英子が直輝と同じクラスになった途端、猛アタックするなんて考えもしなかった。もし、想像がついていたら、幾ら有喜菜でも絶対に直輝と紗英子を引き合わせたりはしなかった。
 今でも、有喜菜はふと思うことがある。もしかして、紗英子は有喜菜の気持ちを知っていたのではないか? 有喜菜が直輝に淡い思慕を抱いていたことを承知の上で、直輝を奪ったのではないかと思えてならないときがある。
 もちろん、奪うと言い方は適当ではない。有喜菜と直輝は当時、付き合っていたわけでも、彼氏と彼女というわけでもなかった。また、紗英子にも自分は直輝が好きだと打ち明けたこともなかったのだ。そんな状態で、紗英子が直輝に告白したからといって、抜け駆けしたとはいえない。
 でも、有喜菜と直輝が別のクラスになって離れるやいなや、待っていたように直輝に近づいていった紗英子のやり方は何か抜け目のなさを漂わせているようでもあった。
 まあ、今となっては言っても詮のないことではある。あの時、直輝は紗英子が告白しても断ろうと思えば断れたのに、それを受け容れ紗英子と付き合い始めたのだから。むしろ有喜菜が先に告白していても、直輝が受け容れたかどうかは疑わしく、かえってフラレて気まずくなるよりは、気心の知れた友達関係を維持できたことに感謝するべきなのかもしれない。
 運命とは結局、そうなるべくしてなるものだというのが有喜菜の持論だ。確かに様々な選択肢があり、それを選びながら生きていくわけだが、とどのところは選び取ったのが最初から自分の人生であり運命であったとしか言いようがない。
 なので、もし、ああしていたらとか、あの時、こうしていたらと後から愚図愚図と考えるのはあまり好きではなかった。考えて変えられるものならば良いが、変えることなんてできはしないのだから、所詮時間の無駄ではないか。過去を振り返って後悔する暇があるほどなら、まだ決まってはいない未来について考えた方がよほど効率的というものだろう。
 しかし、後悔という言葉が嫌いな有喜菜も、あのときのことだけは今でも考えずにはいられない。
 そう、他ならぬ二ヶ月余り前のこと、紗英子から代理出産の依頼を受けたときの話である。
―私と直輝の子どもを生んでくれない?
 真摯な紗英子の瞳には、どこか憑かれたような光すらあって。
 むろん、有喜菜は断るつもりでいた。が、ふいに〝直輝の子ども〟というフレーズに心が揺らいだ。直輝が選んだのは自分ではなく紗英子であり、彼と人生を歩んできたのも他ならぬ紗英子の方。本来であれば、部外者となってしまった自分が直輝の人生に関われる―しかも彼の子どもを身籠もり世に送り出すことなど、できるはずがない。
 しかし、どういう運命の巡り合わせか、自分にはチャンスが巡ってきた。たとえ紗英子が自分を子どもを得るための道具扱いしたって、それが何だというのだろう?
 紗英子と違い、自分はまだ彼の子どもをその身に宿し生むことができる。それは有喜菜の心を大きく揺さぶり、一抹の迷いを生じさせた。
 気がつけば、有喜菜は紗英子に〝良いわ〟と応えていた。ただ、最後まで紗英子に〝あなたの子どもを生む〟とは言わず、
―私は直輝の子どもを産むわ。
 と告げた。あれは、むろん故意の上のことであり、有喜菜のせめてもの矜持であった。自分は紗英子に利用されるのではない、自分自身の意思で、紗英子にもできなかった行為―好きな男の子どもを生むのだ。
 その気持ちを精一杯、あのひとことに込めたのだ。紗英子にそれが伝わったかどうかも判らないし、それはこの際、どうでも良いことだ。
 しかし、あの日、紗英子と別れて自宅に戻ってから後、紗英子は幾度携帯電話を握りしめたかも知れなかった。こんなことは馬鹿げている。幾ら子どもが欲しいからといって、借り腹をしてまで赤ん坊を得ようとするのは行き過ぎだし、更にそれに協力しようとする自分もどうかしているとしか思えない。
 紗英子が何をしようと望もうと自由だけれど、自分までがその狂気に引きずり込まれる必要はさらさらない。
 理性はそう告げてはいたけれど、直輝の子どもを生むというそのことは何とも抗いがたい魅力となって、紗英子の理性を狂わせるのだった。また、それだけではなかった。紗英子が代理出産の報酬として提示した金額は途方もないものだった。
 有喜菜は現在、N町のマンションに一人暮らしである。N町では、まず高級マンションの中に入ると言って良い。保険外交の仕事で入る収入は多くはなかったけれど、少なくもなく、贅沢をしなければ、それだけのマンションに住むゆとりはあるのだ。
 だが、有喜菜ももう三十六歳、これから再婚する気は毛頭ない。結婚も男も、もう最初の結婚でほとほと嫌気が差した。仮に、これから好きな男ができて共に暮らすようになったとしても、籍を入れる気は毛頭ないのだ。一人の男に自分の人生を縛られるなんて、もう懲り懲り。
 もちろん、この男とならば人生をやり直しても良いと心から思えるほどの出逢いがあれば、また結婚する気にもなるだろうが。
 ときめきも愛情もけして不変ではない。そのことを身をもって知る有喜菜は、たとえ心から愛する男と出逢ったとしても、再び結婚という枠に入るだけの勇気を持てるか自信はなかった。
 有喜菜が望むのは後腐れのない、大人の自由な関係だ。ゆえに、基本的には生涯、独身を貫く覚悟でいる。つまり、今、流行の言葉でいえば〝おひとりさま〟の老後を迎えることになる。であれば、蓄えは少しでも多い方が良いに違いない。
 三十六歳で晩年のことまで考えているといえば、他人は笑うだろう。しかし、そんな呑気なことが言えるのは守ってくれる夫がいて、老後を託せる我が子がいる幸せな女たちだけだ。有喜菜の場合は夫も子どももいないのだから、たとえ誰に何と言われようと、老後に安心して暮らせるだけの貯金は必要なのである。
 実家は当てにはできない。有喜菜の父親が生きていた頃は、父親は羽振りの良い貿易商であったけれども、父が亡くなり弟が跡を継いだ今となっては、事業拡大が裏目に出て、最早、破算寸前だ。かえって頼りになるどころか、弟からは金の無心に来られる始末だった。