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法定寿命~双つの世界~【前編】

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第二章 ターニングポイント


 知名度が高まるにつれ、雑誌の取材も徐々に増えてきた。音楽専門誌にとどまらず一般誌でも。しかし何度か取材を受けていると次第につまらない質問が多くなってきたと感じるようになった。私が歌詞についての質問には一切答えないというスタイルを取っていたことも質問の幅を狭めていたのかもしれない。私にとって歌詞とはあくまでメロディーを引き立てるための存在であって「メロディー>(大なり)歌詞」の力関係なのである。なので歌詞について深い思い入れ等もなく、結果、歌詞に関係する質問には答える価値が無い、と考えたからである。

 しかし、特に女性はなぜか歌詞に関心があることが多く、歌詞についての質問はほとんどが女性からだ。そう言えばたまに涙を流しながら歌を聞いている女性を見ることがある。何か歌詞に自分の体験とシンクロするようなことが歌われていたのだろうか?男で涙している人をあまり見たことは無いな。これが性差というものなのだろうか?よく女は脳で恋するとも聞くが…

 まぁ、そんなことだから女性記者からの取材は特にたいくつに感じるし、向こうも結局、趣味、好きな食べ物、好みの女性のタイプ…なんて紋切(もんき)り型の質問になってしまうのかもしれない。私が大人気(おとなげ)ないのだろう。しかし時間のムダだ、これでは…

 こんな状態が続き、私は取材を受けるのはもう止めようかと考え始めていた。ところがある日、なぜか経済誌からの取材の申し込みがあった。どうやらレコード会社が介在しない私のケースに興味を持ったらしい。実は私は経済番組をよく見ていて、それは単に番組に出ている女性キャスター観たさが理由なのだが、結果、多少の経済知識があった。私も少々興味が湧いてその取材を受けることにした。そして当日…

 意外と経済知識のある私に記者の方も乗り気になったのか様々な質問をぶつけてきた。対する私も経済視点からの質問等、新鮮で面白かった。しかし、最後の質問はそうでは無かった。

「これは音楽ビジネスとは直接関係は無いのですが…現状、長い間に渡って将来不安が続き、更に少子高齢化がそれに拍車を掛けています。どう打開したら良いと思われますか?」

(そんな事、俺に分かる訳ないだろ。ってゆうかそっちのほうが詳しいだろ…)

 しかし単に「分かりません。」では芸が無い。大人は何か問題に直面した時にそれを乗り越えようと努力するのだ!

「…打開策はあります。それは極めて単純です。いいですか、一般的に少子高齢化を解決しようとするとき、必ず出生率を上げることを考えます。私も以前はそう考えていました。なので例えばコンドームに10%ほどの確率でアタリをつけるとか…」

「アタリ?」

「そう、アタリのコンドームには小さい穴が開いているのです。…ハズレって言うべきかな。いや、出生率を上げるという観点から見れば良いことですから、やはりアタリです。」

「しかしそれでは…」

「そう、性感染症の問題もありますし、そもそもメーカーにそんな義務を押し付ける訳にはいきません。」

「それはそうでしょう。」

「ではこんな考えはどうでしょう。大都市が大停電を起こした約10ヶ月後、たくさんの赤ん坊が生まれた、なんて現象はよく報告されています。だから度々大停電を起こしてみるのです。暗くて他にすることも無い男女は、ほら…」

「えぇ、まぁ…」

「…ただあまりの暗さから適切な穴を間違え、引っ叩かれる男、または新たな快感を覚える女…、ハハハッ。脱線してしまいました。まぁ、これだって実現はムリですね。」

「ではどうすれば?」

 私はそれまでの柔和な表情から一変、鋭い眼差(まなざ)しになった。記者もそれにつられ、前のめりになる。私には役者の才能もあるのかも知れない。

「単純です。発想の転換です。高齢者を減らせばいいのです。つまりは定年です、人生に定年制を導入すればいいのです。」

 相手は戸惑っていたようだが、役者気分の私はつい熱くなり過ぎていた。

「…出生率は下がり、生産年齢人口は減る。更にグローバル化、機械化で雇用の機会はどんどん失われる。しかし一方で医療の進歩で寿命は延びる。遺伝子治療、iPS細胞なんて技術が一般化されたら劇的に寿命が延びる可能性がありますよ。でも社会保障制度は旧態依然。結局人間は都合の良いことばかり見て負の面を見たがらない。これでは破綻(はたん)は目に見えている。行きつく先はこれしか解決の方策はないんです。」

「しかし経済の成長による解決もあるのでは…」

「経済の成長?いやいや、無理無理。あなただってバブル崩壊以降の経済状況を知ってるでしょう?デフレスパイラルに陥(おちい)って、いくらもがいてもそこから脱出できないこの国の経済を。こんな状況で経済成長に期待できますか?」

「えぇ、まぁ…」

「…昔、私が子供の頃はよくこう教えられたものです。お金をたくさん刷ればインフレになって物価が高騰し、市民生活は苦しくなる。インフレは危険だよ、と。しかし今はどうですか。お金をたくさん刷っても、量的(りょうてき)緩和(かんわ)でお金をジャブジャブにしてもインフレにはならない。それどころかデフレになっている。これは需要を超えたお金の供給をしても効果が無いことの証明、つまりもはや金融政策では打つ手が無いのです。だからと言って政府にそれを打破するだけのアイディアがあるわけでもない…現実を見つめましょう。もしかするとこれが現在の管理通貨制度の限界なのかも知れません、金本位制が終焉(しゅうえん)を迎えたのと同じように…」

 聞き入る記者を前に私は得意げに続けた。

「…今、貧富の格差が問題になっています。しかしそれはヘンです。そもそも資本主義とは貧富の差を広げるものであるし、諸外国と比べ人件費が上がれば能力のある人しか生き残れない仕組みなのです。わずか数百円でできる仕事を、この国の国民は数千円以上もコストをかけてしまう。じゃぁ高付加価値を付けて売れ、なんて言ってもそれだけの技術を持った人は少数です。我々の多くは人件費の安い彼らには敵(かな)いっこないのです。なのに国民は昔に比べて生活が苦しくなったと不平を言い、政治家は経済を強くし明るい未来を築くと言います。これは実に滑稽(こっけい)です。資本主義を取り入れているにも関わらず、現状、当然のことが起きているだけなのに、「こんなはずじゃない!」と平気で言います。これを破廉恥(はれんち)と言わずして何と言うのでしょうか?」

「…」

「まぁ国民が不平を言うのも頷(うなず)ける部分もあります。豊かな生活を目指して経済成長したのに、達成したと思ったら人件費高騰(こうとう)を招き、多くの生活困難者を出してしまう。なんて皮肉なんでしょう。しかしこれが資本主義本来の姿なのです。」

「…そうかも知れません。」

「国民は本来この国の経済は一流であると信じ、しかしながら今は政治が混沌(こんとん)としているせいで閉塞感(へいそくかん)が漂(ただよ)っていると思っているのでしょう。しかし私にはこの国の経済が一流であったとは思えません。」

「世界でも有数の経済大国になれたのに?」