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イカ×スルメ

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届かない白




「オイ、乾いた手で僕に触るなよ」
「す、みません。でも、あの、鱗がついておりましたので」
「鱗?」

その白い肌には一枚の鱗、そこら辺の魚のものがついたんだろうと手を伸ばせば、それは白い彼の手によってはたき落とされた。鱗?と聞き返した彼は一瞬不思議そうな顔をしたけど、すぐに私を鼻で笑う。鼻などないが。

「ああ、これか。いいんだ、つけてる」
「…?」
「あはは、そうか、君の目は乾燥していてよく見えないんだろうね。ブローチ代わりさ。それにこの鱗は、鯛のだよ。鯛と言っても、イシダイさんだけどね」
「イシダイの…!?」

イシダイといえば、ここら一体をとりなす不良グループのお頭だ。良家に生まれたマイカさまが、何故…!


「そんな…あ、危ないですよ」
「そう、彼は危ない。けど、それがいい」
「ど、毒でも食らったらどうする気なのですか!」
「僕に怒鳴るとは、いい度胸だなスルメ!口を慎め!」
「ひっ…すみませんマイカさま…」


マイカさまの厳しい口調に私がたじろぐと、マイカさまは不機嫌そうに僕に言う。


「僕に意見するなんて、いい度胸だね?ただでさえ身分の低いスルメイカの、ましてや、乾物の癖に?そのにおいどうにかならないのかなァ?毎回、君を監察しに来る僕の身になってよね」
「す…すみません…」


イカの最高峰―…アオリイカ族、彼はその党首の長男であり、次期党首でもある。そんな彼が、どうして私のような一介のスルメイカに…乾物に興味を示されるかはわからないが、彼が私にイカの乾物代表をしろと命じた。その時は、その好意を不思議にさえ思ったが名誉でもあるその役を喜んで引き受けたのだ。優しい方だと思った、優しい言葉をかけてくださったのに…この仕打ち。身を裂かれるような思いだ。


「とにかく、トラフグとは仲良くしていて間違いないと。父もそう言った。仲間じゃない、あくまで利用してやるんだ。陸で暮らしてる君には分からないかもだけど、海ではね、そう、頭を使わないとね、生き残れないんだ。…あ、君って頭の中身も、もうないんだっけ?開かれる時にどこかに捨てられちゃったんだもんねえ?あははっ、君相手に難しい話したってしょうがないよねえ?」



その侮蔑の言葉に、私は烈火の如き怒りを覚えた。
しかし、反抗することはできない。


たかが、一介の、乾物の分際で、


私が何か反抗したら、海にいるスルメイカが、どんな仕打ちを受けるか分からないのだ。私はぐっと堪えて、頭を下げた。


「出すぎた真似を…申し訳ありませんでした」


彼の言う通りに、私の頭は軽いのかもしれない。何も入っていないのかもしれない。
彼は私が頭を下げた姿をつまらなそうな、白々しいような目で見て、踵を返した。



「ふん、そう思うなら肝に銘じておけ。最も、肝?そんなもの、君にはないからそうなんだろうけど。その度に、僕にそのうすっぺらい頭を下げてろよ。それが君にはお似合いだよ」



白い背中は、私に冷たく当たる彼に似合いの色。
でも、それはこの上もなく美しい。


この上もなく、美しい。
だから、悔しかった。







作品名:イカ×スルメ 作家名:笠井藤吾