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瑠璃 深月
瑠璃 深月
novelistID. 41971
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街灯

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 その二つの観光地を行き来する旅人が、街灯を目印に、待ち合わせをしたり、休憩をとったりしていた。街灯は彼らの喜ばしい顔を見た。自分の存在で笑顔になっている旅人達。街灯は静かに彼らを迎え、そして送り出していった。
 子供たちがいた。この二つの街には学校が一つしかない。片方の街から、もう片方の街に行く子供が、登下校するときにここを通る。温泉地には学校は置けない。だから、湖のある街に小さな学校が作られた。そこに通う子供たちは、街灯で温泉地の子供たちと待ち合わせをして、双方の観光地の土産品や工芸品を見せ合っては遊んでいた。街灯の周りには子供たちの笑い声が絶えなかった。
 そして、ここの街灯にとってもっとも重要な人間がいた。
 燃料を入れに来る、老人だ。ここは電気が通っていない。だから、この街灯はガス灯だった。二つの街に、二人の老人がいた。彼らは週替わりで毎日街灯の手入れに来た。様々な人間を見てきた街灯を磨き、落書きをそぎ、燃料を入れる。そんな老人を街灯は見ていた。もちろん、感情などありはしない。しかし、ずっと見ていた。
 年月がたち、街灯は古くなってきた。老人は世代を交代させて、新しい老人が街灯の手入れに来るようになった。この役割が老人のものであることに変わりはないのだろう。
 ある日、手入れを終えた老人は、ガス灯の横に座り、丘の上に上った残り月を見ていた。朝は陽が昇った直後だった。
 老人は、仕事がひどく丁寧で、時間がかかった。しかし彼が手入れをすると、街灯はまるで息を吹き返したように輝きを取り戻していった。まるで新品だ。
 老人は、そこでこうつぶやいた。
「お前さんよう」
 街灯は、何も答えなかった。ひゅうひゅうと吹く夏の早朝の風だけが、老人に応えるように街灯に当たって音を立てた。
「寂しいねえ」
 老人は、そう言って丘の稜線から現れたばかりの新しい太陽を見つめた。あまり見ていると目がおかしくなるので、太陽そのものではなく、その周りの光を見ていた。さわやかな風が丘から下ってくる。
「孫が嫁に行っちまった。俺は寂しいよ。おまえさんはどうだい」
 街灯は、何も答えない。再び、風が吹いて丘の上にある木の枝を揺らし、そのまま降りてきて草の間をかすめて行った。
 老人は寂しそうに笑った。
 そして、問いかけをそのままに、老人は道具を背負って、帰って行った。風が老人の作業道具を揺らし、乾いた音を立てさせた。
 何年か経って、街灯のもとには何人かの子供たちが集まってきた。小学校の帰り道に一緒に帰っている集団だ。彼らは、街灯のもとに集っては授業に使う絵具やクレヨンで落書きをしていった。次の日には必ずそれが消えているから、面白がって繰り返し落書きを繰り返していった。すぐに、その行動は問題視されるようになった。街と街を繋ぐ街灯、それは子供たちのためだけにあるものではなかったからだ。しかし、大人たちは子供を叱らなかった。ただ、黙って自分たちのやった落書きをきちんと消しに行かせていた。
 それ以来、落書きを消すのがどれだけ大変なのかわかったのか、子供たちの問題行動はなくなった。しかし、きれいすぎる街灯は少し、寂しげにそこに立っていた。いつものように太陽を浴び、雨を受け、雪を積もらせている。風にさらされ、人々の声を聞いていた。その街灯は錆びることもなければ朽ち果てることもなかった。
作品名:街灯 作家名:瑠璃 深月