朝日に落ちる箒星
3.寿至
部室に顔を出さなくなってから二か月が経過しようとしている。
俺は学部の違う彼女、やっと手にいれた彼女、拓美ちゃんとお昼ご飯を学食で食べる事が一日で一番の楽しみになりつつある。
一人暮らしをしている彼女の家を訪れて、一緒に夕飯を食べたり、身体の関係になったりしているけれど、それでも毎日顔を見る事ができるこの時間帯が俺は一番好きなのだ。
俺はカレーライスに、それが隠れてしまうぐらい福神漬けを乗せて食べ、拓美ちゃんは定食を食べていた。
「あれ、君枝ちゃん!」
拓美ちゃんが箸を持った右手をすっと上げたので、そちらを振り向くと、君枝ちゃんともうひとり、見た事が無い男が学食のお盆を持ってこちらへ近づいていた。
「今日は智樹君と一緒じゃないの?」
拓美ちゃんの問いに君枝ちゃんは首を振った。
「まだ終わってないのかな、見当たらない。あ、彼は心理学のC群選択で一緒の、加藤君」
その加藤君という彼は塁ぐらいの身長で色が白く、少し茶色がかった髪が塁を彷彿とさせた。
「どうも」そう言いながら俺の隣に座った。
拓美ちゃんいわく、心理学部は、二年の後半で三つの群に分けられてカリキュラムが組まれるらしく、拓美ちゃんと君枝ちゃんは別のグループになったとの事。
「私はA群選択の志田です。そんでこの人は理学部の寿君」
俺は「彼氏」と紹介されなかった事に不満を持ちつつも、ぺこりと頭を下げた。何しろ俺の彼女は「美人」だから、そこら辺の男がまとわりついてきたら、大変だ。
「志田さんはA群で何を目指してるんですか?」
加藤君はから揚げを頬張りながら拓美ちゃんに話しかける。
「私は犯罪心理学の勉強がしたくて。加藤君は?」
ごくりと何かを飲み込む音がして、それから「スクールカウンセラーです。矢部さんと一緒で」
心理学の話が始まろうとしていた時、向こうから見慣れた背の高いイケメンがやってきた。俺が手を挙げると彼も手を挙げる。
「あれ、お客さん?」
智樹は君枝ちゃんの向かいに座る加藤君を見て、彼女に訊いた。
「うん、心理学のグループで一緒になった加藤君。こちらは理学部の久野君」
智樹は椅子に座りながら会釈をした。
「皆さん、高等部からの友達とか、ですか?」
加藤君が他の四人を順繰りに見て、そう言ったので、君枝ちゃんがハムスターみたいに頬を膨らませたまま首を振った。口の中に何か入っているらしく、答える事ができずにいる。
「俺らね、サークルで集まった仲間なんですよ。俺と久野は高等部上がりだけど」
「仲がいいんですね」と加藤君は小さく何度も頷きながら言うので「サークル活動なんて全然やってないけどね」と俺は付け加えた。
智樹は黙々とラーメンをすすっている。あいつは本当に麺類が好きだな。珍しくカレーを食べてると思ったら「学食のオバサンに、スパゲティにカレー掛けてってお願いした」とか言ってたな。イケメンは何をやっても許されるんだ。
たった一人、サークル外の人間が同席するだけで、何となくいつものペースで食事ができなくなる事に気づいた。誰も、何も、喋ろうとしなくなった。さっきは心理学の話をしていたが、それでは俺達が話に入れないと判断したのだろう、君枝ちゃんも拓美ちゃんも、黙って定食を食べている。
「あれか、智樹のとこも、もうグループ分けされてんの?」
一番対角線にいる智樹に話しかける。彼はラーメンをすする手を休めて「うん」と一言だけ答えると、またラーメンを食い始めた。
俺と智樹は理学部だが、俺は天文学科、智樹は生物工学科だ。もう、だいぶカリキュラムが変わってきたし、実習も入ってきている。智樹と君枝ちゃんは水曜の午後は休講にしているらしいが、俺はどうしても拓美ちゃんとカリキュラムが合わなくて、そういう楽しみがない。
すっかり空になったカレーの皿を見つめながら、俺は話題を考えた。が、「ごちそうさま」と目の前の拓美ちゃんが席を立ったので、俺も「お先」と三人を残して拓美ちゃんの後を追った。
「何か、変な空気だったな」
自販機で買ったパックのジュースを飲みながら、俺は拓美ちゃんに視線を遣った。ちょうど逆光の位置に彼女がいて、後光がさしている様で眩しい。
「やっぱさ、サークルの結びつきって結構、強いんじゃない?泊りがけの合宿までやった訳だしさ」
拓美ちゃんが俺と同じような事を考えた事に、少し安心した。
「三人、黙って飯食ってそうだよな」
「ね、ちょっと心配」
言葉とは裏腹に、口調にはちょっと楽しんでいる様な雰囲気を漂わせている。ただ者じゃないな、この女。
それにしても、君枝ちゃんがサークルのメンバー以外の男性と交流がある事にびっくりしたが、食堂にまで一緒に来た事に更に驚いた。
男性恐怖症もかなりの所まで克服できているんじゃないか、と思う。
それでも智樹は、まだフレンチキスしかしてない、とか言っていたっけ。
「フレンチ」という言葉が気に食わない、とか。塁と智樹は離れても張り合ってるんだな、まったく。