朝日に落ちる箒星
4.矢部君枝
「サークルの人達なんだね。矢部さんがサークルやってたなんて意外だな」
加藤君が実習の準備をしながらそう言うので「何で?」と訊いてみた。
「いや、皆で騒いだりするのとか、嫌いそうに見えたから。大人しそうで。って俺の勝手な見方だよね、ごめん」
いいよ、と言って私は首を振った。
自分でも同じように思ってるんだから。自分がサークルに所属して、男性と付き合ってるなんて、考えられない。
「あの、ラーメン食べてた人、凄くカッコイイ人だね。一緒にいて好きになったりしないの?」
その言葉に思わず声を出して笑ってしまった。その人が自分の彼氏である事も勿論だけど、蚊帳の外にされた至君の存在にも、笑えてしまった。
「さすがにカッコイイだけじゃ好きにならないよ。優しいんだよ、彼は」
彼は目をぱちくりして「好きなの?」と小声で言う。そんなに意外なんだろうかと、少し自信を無くす。
「好きというか、まぁ、彼は私の彼氏なので......」
ぱちくりしていた目を真ん丸にして「うそー」と失礼な事を加藤君は言った。
確かに、誰が見てもイケメンな智樹と、地味な眼鏡女の私が付き合ってるなんて、意外を通り越して、想像を絶するのだろう。それにしても「うそー」って。
こうして加藤君と普通に接する事ができるのも、全て彼らのお陰なのだ。彼らは見た目も良ければ中身も良い、出来過ぎた人たちなのだ。
「いいなぁ、学内に恋人がいるなんて。俺なんてサークルもやってないし、バイトもないし、残るはこの学科って感じだよ」
自嘲気味に笑いながら言う加藤君は、色が白くて線が細くて、少し茶色がかった髪の色も手伝って、塁に雰囲気が似ているように思う。だからこそ、私はこの学科で仲良くなったのかも知れない。まぁ実際は、教授が作ったくじ引きで二人組を作らされた時に、強制的に一緒になったのが彼なのだけれど。
「でも、この学科なら女性の方が多いし、そのうち恋人も出来るんじゃない?」
実験台に座って資料集を捲る彼の顔を覗き込むようにして言うと、彼は顔を真っ赤にして「そ、んな簡単に言わないでよ」と動揺している様子だった。もう、学科内に好きな人がいるのかも知れない。私はにやりと笑って見せた。
「協力できる事があればするから、何でも言ってね」
彼は目を伏せて「そうする」とまるで自分自身に向かって言うように小さな声で呟いた。
十月九日は快晴だった。講義を全て終え、講堂の横のベンチで智樹が来るのを待った。
目の前に続く銀杏並木からは、黄色い葉が時々ひらひらと地上に舞い降り、木の下に集まる。その様を飽きる事無く見続けていたら、誰かが隣に座った事にも気づかなかった。
「あの、見えてます?」
突然隣から声がしたので、私は鞄を抱えてベンチから逃げるように離れた。
「智樹か、あぁびっくりした」
私は胸を撫で下ろし、立ち上がった彼の横に並んだ。
「考え事?」
「考えない事。銀杏が落ちるのをじっとみてたら全然気づかなかった。声かけてよ」
高い所にある彼の肩をバシっと叩くと、彼はケタケタと笑う。
二人で智樹の家の近くにあるスーパーに寄った。
ここに来るのはサークルの買い出し以来で、食料品売り場で二人、あれやこれやと言いながら食材を選んでいる姿をふと俯瞰すると、何だか凄く恥ずかしくなって、食料品売り場ってひんやりしていて助かったなぁと赤くなりそうな頬を擦った。
お酒の売り場で智樹はワインの棚をじっと見つめ「スパークリング、スパークリング」と呪文のように唱えている。
「あった」緑色がかった瓶を籠に入れ「あと呑みたい酒はある?」と訊くので、適当に缶酎ハイを数本放り込んだ。
智樹は「こんな日はちゃんとしたビールだな」と言って、発泡酒ではなくビールを大事そうに籠に詰め込んでいたので、何だか可笑しくて笑ってしまった。ビールと発泡酒には歴然とした差があるらしい。値段もまた然り。
智樹の家へ向かう道すがら、少しひんやりした風に吹かれながら夜空を見上げた。
「星が、出てるねぇ」
当たり前の事なのだけれど、今日が特別な日だと思っている私は、そんな事でも口にせずにはいられなくて、思わず口に出してしまった。
「星と言えば、今度流星群が見えるとか、至が言ってたな。久しぶりにサークルで行きたいな」
彼も夜空を見上げながらビニール片手に歩いている。
こんな都会の空でも見えるいくつかの星の強さに眩暈がした。