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朝日に落ちる箒星

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8.寿至




 昨日の心理学部は午前の講義が随分長引いたらしく、同じ講義を受けていた拓美ちゃんも君枝ちゃんも食堂に来る時間が遅く、久々に智樹と顔を付き合わせて昼飯を食ったが、君枝ちゃんとはうまく行っているらしい事が分かってほっとした。
 まぁ、二人ともいい大人なんだから、俺達が口出しするような事はないのだけれど、やはり君枝ちゃんの男性恐怖症が気になって、何かと心配になってしまうのだ。
 今日は女性陣二人がいつもの時間にやってきて、トレイを持って席についた。
「智樹、は?」
 君枝ちゃんはキョロキョロと辺りを見回した。
「あいつ白衣着てたの見たから、実習かな?遅れて来るんじゃないかな」
 そう、と短い溜息のような相槌を打ちながら席に座った。智樹が遅れてくる事は良くある事で、生物工学の方はなかなか実習が忙しいらしい。俺はどちらかというと机上の話が多いから、色々な事が時間通りに進んでいく。

 いつも通り俺の目の前にある通路から智樹が姿を見せたので、どちらともなく手をあげた。が、見慣れない光景がそこにはあった。
 智樹の隣に、見た事が無い可愛らしい女の子が歩いている。少し前に、君枝ちゃんが加藤君という男の子を連れて来た事があったが、智樹が女の子を連れてくるのは初めてだった。
「お疲れ」
 俺が声を掛けると「お疲れ」と智樹が返す。
「生物工学で一緒の、星野さん」
 智樹は親指で彼女を指し、星野という女性は俺達をぐるりと見回して「星野ですぅ」と少し語尾を伸ばし気味に言った。見回した最後に視線が行ったのは、君枝ちゃんだった。俺は、その時に少しだけ、嫌な予感がした。君枝ちゃんは気にする様子も無く、定食を食べながら会釈をしている。
 俺は横目で見ていたが、君枝ちゃんの隣に座ろうとした智樹の隙間に入るようにして、星野さんが割り込んで、座った。仕方がなく智樹は俺の方に回り込んで、対面に座る事になった。星野さんが智樹に惚れているのだろうという事は、この行動だけでもあからさまに分かった。
「智樹さ」
「久野君さぁ、さっきの実習の時の数値、あとで教えてくれない?」
 君枝ちゃんが智樹に声を掛けようとした瞬間に星野という女性は話を遮った。あれは完全にわざとだ。あからさま過ぎる。智樹も気づかない訳がない。気付かないとしたら、そうとうな鈍さだ。
 俺と目が合った拓美ちゃんは、顔を顰めて見せた。俺と同じ事を考えているのだろう。言葉を寸断されてしまった君枝ちゃんは開いたままの口をぱくっと閉じて言葉を飲み込み、食事を再開した。
 その後も智樹と星野という女性はひっきりなしに会話をしていたので、俺も拓美ちゃんも飯を食い終わっていたが、君枝ちゃんが食べ終わるまで待った。そして一緒に席を立った。

 中庭に移動すると開口一番、拓美ちゃんが「君枝ちゃん、気を付けて」と眉をひそめて言った。
「あの星野って女、絶対智樹君の事狙ってるから。気を付けなね」
 そう言われて君枝ちゃんは戸惑ったようにこめかみのあたりを掻きながら言う。
「気を付けてって言われても、星野さん、智樹の事好きなの?」
 ここにいたぞ、鈍いやつが。当人には分からなかったのかも知れない。拓美ちゃんは子供に物を教えるようにゆっくりと説明した。
「五人でご飯を食べてるのに、君枝ちゃんが智樹君に話しかけるのを差し置いて、星野って女が話し掛けてたでしょ。その後もずっと、君枝ちゃんが智樹に話しかける隙すら与えなかったでしょ。あれは絶対に、智樹君に気があるんだよ。しかも、君枝ちゃんが彼女だって事も知ってて、やってるんだよ」
 俺が言いたい事の全てがそこに含まれていて、俺はほっとしたが、君枝ちゃんはぼーっとしている。
「へぇ、分かんなかった」
 拓美ちゃんは苦笑して、植込みに積み上げられたレンガに座った。
「智樹君が他の子になびくなんて事は絶対にないと思うけど、智樹君みたいな男前、どんな手を使っても手に入れたいって子は、きっといるからさ。気を付けなよ」
 拓美ちゃんのとなりに腰掛けた君枝ちゃんは、しばらく思案顔で、太陽の光を浴びていた。
「気を付けるって言っても、どうしたらいいのか、見当つかないよ......」
 確かにそうだった。彼女が気を付けなければならない行動なんて一つも無いのだ。気を付けるべき人間は智樹なのだ。
「俺から智樹に言っておくから。君枝ちゃんはいつも通りでいいよ。あいつが気を付けるべきだから」
 そう言うと少し安堵した表情で「うん」と頷いた。その顔はどこか自信なさ気で、本当に俺の事を頼りにしているとさえ思える顔だった。
 拓美ちゃんとは違った魅力が、君枝ちゃんにはある。細くて小さくて、吹いたら飛んで行ってしまいそうで、掴んだら潰れてしまいそうで、放っておいたら壊れてしまいそうで、そんな彼女を守ってやりたいんだろうな。智樹が彼女に惚れている理由が何となく分かる気がする。
作品名:朝日に落ちる箒星 作家名:はち