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隻眼の鳥

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     ら気が気じゃない。
リナ   ちょっと馬鹿にしてるでしょう。
カイ   心外だ。
リナ   私はそのままでいい? 今のままがいい?
カイ   もちろん。
リナ   ねぇ、あのこと、やっぱり決めたの?
カイ   ……そうだね。
リナ   男の子は女の子の倍以上手がかかるのよ。
カイ   強く育ってくれるさ。
リナ   親の力が必要よ。
カイ   だから君も。
リナ   ねぇ、離れずに済む方法を考えることはできないの? 親子三人で、ひっそりと平和に暮らすの。
カイ   この内戦が終わった時、俺はきっと生きていない。
リナ   そんな……。私、嫌よ。そんなの嫌。
カイ  (諌める口調で)リナ。……わかったよ。できるだけのことはする。でもその準備はしておくんだ。
リナ   ……はい。
カイ   ほら、あの子のところへ行っておいで。
リナ   あなたはまだ忙しいの?
カイ   ああ。来るべき日のための準備をしなければいけない。
リナ   このままじゃあの子、あなたのことをずっと覚えてくれないわ。
カイ   顔を見るたび泣かれるのは堪えるなぁ。
リナ   だったら一緒に行きましょう?
カイ   ……そうするよ。

二人が退場













薄暗い世界
スバルの家族たちが一同に会し、ユーキと話している

老婆   地上へは、何をしに来たんだい。
ユーキ  ノアでは今、内戦が起こっているんです。80年の地下の暮らしはあまりにも長すぎた。人々は地上
     に出ようとしているんですが、政府はそれを禁じているのです。私は、地上がどのような場所なのか、
     人間が生きていけるのかを調べに来ました。政府の目を盗んで。
スバル  なるほど。君が戻れば、政府は地上に出るのを禁じる根拠を失うわけか。
ユーキ  はい。どうか教えてください、地上のことを。
老婆   80年前、ノアが地下に潜ってからも、地上には災害が続いた。地殻変動で気候帯が変化し、人間や
     動物の移動とともにあらゆる感染症が蔓延した。政府はその機能を失い、通信は途絶えた。
スバル  ここの植物を見た?
ユーキ  ああ。みたこともないものばかりだった。
スバル  植物が一番貪欲に進化したよ。他の生き物もちょっとは変わったけど、適応できないものは絶滅した。
老婆   今や世界人口は80年前の3割程だという。
ユーキ  そんな。
老婆   正直に話すが、ノアの人間がいきなり地上に出てきても多くのものは適応できずに命を落とすだろう。
ユーキ  そう、ですね。ノアの住民はいわば温室育ちだ。抵抗力も弱くなっている。
老婆   差別と言う難しい問題も起こるかもしれない。
スバル  ばあさま、どうしてそんな哀しいことばっかり言うんだよ。現にユーキはここにきて生きてる。
ユーキ  いいんだ。起こりうる問題をあらかじめ挙げるのはとても大事なことだ。
老婆   対応策があると?
ユーキ  今すぐには思いつかないけど……あいつが、きっと力になってくれる。
スバル  恋人?
ユーキ  まさか。仲間なんだ。もうずっと。
老婆   女を進んで外に出すとはとんでもない野郎だね。
ユーキ  いや、そんな。
スバル  そんな男やめて、俺に嫁いでおいでよ。
ユーキ  え?!
スバル  大事にするよー。うちには女の人もたくさんいるし、暮らしやすいと思う。
老婆   そうだね。せがれがお前の歳にはお前の姉さんが生まれてた。
ユーキ  そんなこと急に言われても!
スバル  ははは。ごめんごめん、びっくりした? 何せ女の人と出会う機会が少ないから、片っぱしから声を
     かけることにしてるんだ。
ユーキ (無言でひっぱたく)
スバル  痛い!
ユーキ  失礼にもほどがある。
老婆   お前は見てくれは悪くないんだけどねぇ。そういうところかねぇ。
スバル  ばあさま!
老婆   悪かったね。これも生きていく知恵の一つなんだ。家族は一人でも多い方がいいし、子供だってたく
     さんいた方がいい。
ユーキ  すみません、それは分かっているんですけど、つい。
スバル  ついとかいう程度の痛さじゃなかったよ。君、喧嘩強いだろう。
ユーキ  これでもスラム育ちだからね。生半可なことじゃ負けないよ。
スバル  ますます良いね。気に入った―――……すみません。
老婆   さて、あんたも疲れてるだろう。今日はもうお休み。あちらの部屋に床を用意させるから。

老婆と女たちが連れだって出ていく

ユーキ  ごめん。そんなに痛かった?
スバル  かなりね。
ユーキ  脳震盪起こして倒れた奴もいるんだ。手加減できなくて悪かった。
スバル  そんな武勇伝披露していいの?
ユーキ  何が。
スバル  いや別に。……ねぇ、ノアのこと、教えてよ。
ユーキ  さっきも言ったろ、内戦してるって。
スバル  そうじゃなくて、君が育ったノアの話だよ。
ユーキ  ……そうだな。ノアは地下にあって、もちろん火を焚くと危ないから色々なものが電気で動いている。
     地熱や水力で発電してて、あと、試験段階なんだけど、地上の風を利用して風力発電を試みる極秘計
     画があったんだ。その試験通路が地上に通じてて、今回はそこを抜けてきた。
スバル  それってもしかしなくても犯罪?
ユーキ  久しぶりに胸が躍ったよ。
スバル  危険な思想の持ち主だね……。
ユーキ  ノアには空がないから、代わりに巨大なスクリーンがあってそこに空の絵が描かれているんだ。職人
     がいて、ノアでは一番人気の職業だよ。法律家や医者になるより難しい。
スバル  雨や雪は?
ユーキ  あるよ。災害にならない程度だけど。ノアを作るときに、偉い学者が言ったらしいんだ。毎日変化が
     起こるものがないと、人は心を病むからって。それで、風も吹くし天気も変わるし、植物だってある。
     そうだ、10年に一度、白夜もあるんだよ。職人の悪乗りに違いないな。
スバル  間違いなく悪乗りだね。絶対楽しみにしてるよ。楽しそうだな。
ユーキ  スラムには大きな建物がないから、空だけ見て生きてたんだ。で、ずっと思ってた。いつか地上に出
     てやる、本物の空を見てやるんだって。
スバル  どうだった、本物の空の感想は。
ユーキ  ところが残念、地上に来てこの方、ずっと雨か曇りなんだ。
スバル  雨季だからなー。
ユーキ  悔しいな。
スバル  でも……そうだな、明日早起きしてごらんよ。
ユーキ  どういうこと?
スバル  見てのお楽しみさ。じゃあ俺も寝るよ。お休み。
ユーキ  ああ、お休み……。

一旦暗闇の後、朝の薄明、朝の音

スバル  ユーキ、ユーキ。起きてる?
ユーキ  ん……スバル?
スバル  出ておいで。良いものが見られるよ。

ユーキが起きた時、明るい光が差す

ユーキ  ……明るい……。
スバル  どう?
ユーキ  空だ……空だ! すごい、大きい! ほら見て! 紅い光が見える……あっちが東か!
スバル  これが本当の空だ。
ユーキ  遠いな……手が届かない。
スバル  地上を目指すか。
作品名:隻眼の鳥 作家名:barisa