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隻眼の鳥

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黙って警備をする者、傷を得て寝ている者、住む場所を追われて逃れてきた者などがいる。

エルザ  作戦は順調か?
ユン   苦しいところだね。向こうもかなり斥候をまいてるから。
エルザ  間違っても自爆なんかさせるな。
ユン   分かってる。
エルザ  ところでそれは何だ。
ユン   また政府がビラをまいていたんだ。
エルザ  なんて書いてある。
ユン   地上派遣団のレポートさ。外の世界は荒廃している。大方人が生きるに適した環境ではない。
     土壌の放射能汚染は深刻。飢えた獣がうろついているだと。
エルザ  10年以上前から大して内容は変わらないじゃないか。
ユン   人間と接触したって書いてある。
エルザ  ほう。
ユン   地上の人間はノアを狙っている。地上にはノアほどの食糧はなく、環境も悪いから、ノアに攻め込ん
     で乗っ取ろうと画策しているらしい。
エルザ  わかりやすい話だ。どうせ、地上には大した装備もなく決して攻め込まれることはないのでノアの中
     は安全だとでも書いてあるんだろう。
ユン   ご明察。
エルザ  この国は本当に……国民を馬鹿にするのもいい加減にしろ。
ユン   今やノアの中を安全と考える者などいない。戦争だ。
エルザ  ……そうだな。
ユン   正しい情報をきっとユーキが持って帰ってくれる。
エルザ  もうひと月か……待つしかないこの身がうらめしいよ。
ユン   ユーキなら大丈夫さ。あいつのやんちゃは昔から度を越してた。
エルザ  みなしごが最高学府に上り詰め、卒業したら国の中枢で働く幹部になった。挙句に反政府運動の片棒
     担ぐなんて、とんでもない人生じゃないか。
ユン   でもどうやって外に出る方法なんて知ったんだろう。
エルザ  さあな。おおかたカイの入れ知恵だろう。
ユン   今や弾圧のトップに立つあいつが?
エルザ  あの二人は特別さ。まぁその絆もいずれなくなるかも知れないが。
ユン   無理だよ。カイは現総帥の婿だ。どう頑張ったってこっち側にはこないよ。
エルザ  ユーキが裏切る可能性は?
ユン   ないね。
エルザ  だろうな。時間とは残酷なもんだ。あの輝かしい日々にはもう戻れない。

ひときわ大きな爆音

エルザ  ち、容赦ないな。
ユン   いや、今のは多分こっちの爆弾だ。ほら、標的が崩れた。
エルザ  確認しろ。生きているな?
ユン   待って―――生きてる。大丈夫だ。
エルザ  回収だ。撤退させろ。(老婆に)あなたの息子は無事に帰ってきますよ。
老婆   ありがとうございます……もう、私にはあの子しかいないんです……。
エルザ  早く、この戦争を終わらせます。あなたとあなたの家族が、平和に暮らせるように。
老婆   ありがとうございます、ありがとうございます。
エルザ  いえ、礼をされる資格など私にはありません。私は無力だ。政府に対して武力をもって立ち上がるこ
     としかできなかった。弁論の力でこの国を変えることができなかった。この戦争を始めてしまったの
     は私たちだ。
ユン   エルザ。
エルザ  分かってる。でも。
ユン   俺たちにはユーキがいる。あいつは俺たちの希望だ。

監視兵が無言で怪我をした者を連れて退場
ユンが老婆を支えて退場
エルザはその後ろ姿をたっぷり見送る

エルザ  私たちがしていることはただの暴力だ。こんなことでは世界は変えられない。
     ……ユーキ、早く帰ってこい。お前が世界を変えるんだ。暴力でなく、人の心を動かして。

ユンがゆっくり出てくる

ユン   エルザ、早くおいで。
エルザ  ああ。
ユン   あなたの迷いは分かってる。
エルザ  迷ってなんかないさ。この時代の―――私たちのやっていることの正しさを判定するのは未来の人た
     ちだ。今はただ走り続けるしかない。伊達や酔狂でテロなんかやってられるかよ。
ユン   行こう。みんながあなたを待っている。

ユン・エルザ 退場。
薄暗い世界
女が何かを拾っている
スバルが女になにがしかを指示し、女が退場する
スバルは獲物を探すような素振りで退場する
ユーキ登場

ユーキ  ……やはり、思ったほどに地上は荒廃していない……野生動物は凶暴だが、どこか怖れを持っている。
     捕食者がいるに違いない。それに、さっき罠の痕跡もあった。ここでは人間が生活しているはずだ。
     かなり近いところまで来ているはずなんだが……。それにしても、見慣れない植物だ……食用か?
老婆   素手で触ってはいけない!
ユーキ  !
老婆   いい歳してそんなことも知らないのか。
ユーキ  あなたは。
老婆   ……見ない顔だね。どこから来た。
ユーキ  私は、ノアから……ユーキと言います。
老婆   ノア……ノアか。
ユーキ  知っているんですか?
老婆   ああ、知っているよ。まだ生きていたんだね。
ユーキ  ?
老婆   まさか一人で来たのかい。
ユーキ  はい。
老婆   さぞ危ない目にもあっただろうに。
ユーキ  何度か。でも大丈夫でした。ちゃんと生きてるし、足もある。
老婆   逞しい女だね。大切なことだ。寄る辺はあるのかい。
ユーキ  いえ……。
老婆   じゃあうちに来なさい。もうすぐうちの孫がやってくるから。
ユーキ  いいんですか?
老婆   その様子じゃ今まで野宿だったんだろう。生きていることを奇跡と思った方がいい。ここらの動物は、
     隙を見せれば襲ってくる。
ユーキ  では、お言葉に甘えて。
老婆   ノアの話を聞かせておくれ。
ユーキ  ……楽しい話は、できないかもしれませんが。
老婆   わけありなのは百も承知さ。でなきゃ、地上には出て来るまい。
スバル  ばあさま!
老婆   スバル。ちゃんと捕まえたんだろうね。
スバル  駄目だ。今日は調子が悪いみたい。……その人は?
ユーキ  ユーキと言います。
スバル  ユーキか。君は何処から来たの。
ユーキ  ノアから。
スバル  ノア? ノアって、あのノアか?
老婆   頭の悪い子だね。
ユーキ  あなたの言うあのノアって言うのが私のノアと同じかは自信がないが。
スバル  80年前の地下シェルターだろ? ただの伝説だって思ってた。
ユーキ  私は地上の人が伝説だと思っていたよ。
スバル  その様子じゃ、さてはノアでは時間が止まっていたんだな。
ユーキ  どういうこと?
スバル  俺はあまり詳しくないけど、後でばあさまの話を聞いたらいいよ。
老婆   ちゃんと教えたろう。
スバル  あのあと、怖れていた核戦争は回避されたんだ。地殻変動の傷跡は深いけど、人の起こす災いと違っ
     てそれは自然の営みの一部だからね。君たちの祖先が想像したほど大地は荒廃しなかった。80年も経
     てば新しい住みかくらいできる。
ユーキ  そうなんだ。
スバル  学者たちは一足先に逃げたけどね。
老婆   これ。
ユーキ  ……。
スバル  あ……ごめん。
ユーキ  いや。謝られることじゃない。
スバル  でも言うべきじゃなかった。君が逃げたわけじゃない。
作品名:隻眼の鳥 作家名:barisa