隻眼の鳥
カイ 俺にもわからんさ。あんなに居心地がいいのはユーキだけなんだがな―――さぁ、雑談はここまでだ。
本題に入ろうじゃないか。そちらの要求を聞こう。
エルザ 地上への道を開け。旅人の足を止めるな。そして、この独裁政治に終焉を。
カイ 地上への道はやむをえまい。だが、危機管理はどうするつもりだ。
エルザ 国が責任をもってやるべきだろう。こちらにも考えはあるが、まずは意見を聞こう。
カイ では国の意見だ。まず、今すぐの開国は不可能だ。
エルザ なんだと。
カイ この国の人間は、地上で生きるのに適した身体ではない。まずは被験者を用意し地上に短期滞在させ
る。安全の確認は国の義務だ。
エルザ 一体何年かけるつもりだ。それでは何も変わってない。
カイ 安全を犠牲に何を得る。時間は必要に決まっているだろう。それから、一般市民の出入国に制限はつ
けまい。だが、審査はする。
エルザ どう違う。
カイ むざむざ疫病をばらまくわけにはいかない。互いに未知の病原体を持っているリスクは否定できない
からな。それから犯罪者の行き来には制限をつける。
エルザ いたしかたないな。
カイ 政府内に、開国に対する対策チームを作り、データを取りながら緩やかに開国する。
エルザ 政府主導では対応が遅すぎる。それに、また以前の地上派遣団のようにでたらめな報告書をよこされ
る可能性だってある。
カイ 我々はこのような立場で話し合いに臨む。
エルザ ……わかった。こちらは、実際に地上へ行った人物と地上の人間を呼んでいる。それから、政府の対
策チームにはもちろん開国派の人間をいれるんだろうな? なら、現枢機卿をお呼びしていいか。こ
れからの話に、彼は必要だ。
カイ 同席していただいて構わないよ。こちらも総帥をお呼びする。話をしようじゃないか。
エルザ 望むところだ。
カイ リード。総帥をこちらへ。
リードが入ってきて、恭しく礼をする。
頭をあげたとき、銃を構えている。
エルザ 何事だ!
リード 会談はとりやめてもらう。
カイ リード!?
ユン エルザ危ない!
リードがエルザに発砲
カイ リードやめろ!
エルザ 自分が何をしているか分かっているのか!
リード 黙れ裏切り者。枢機卿は預かったぞ。
エルザ なんだと。
リード 開国はしない。お前たちは犯罪者だ。
ユン ―――まさか総帥は。
リード 先に死んでいただいた。
カイ リード、お前、何を……!
リード 今更驚かないでいただきたい、義兄上。
ユーキ どうした!
カイ ユーキ来るな!
リード (無言でユーキの足元を撃つ)近づくな薄汚い女め。
エルザ 貴様……!
リード 義兄上、こちらへ。あなたには頼みがあるのです。
ユン ふざけたことを。
ユーキ カイ!
リードは周囲を牽制しながらカイをいざなう。
ユーキ だめだ、カイ!
エルザ ユーキ、お前はスバルのもとに行け!
ユーキ でもカイが!
エルザ 行け! あいつをこのまま死なせていいのか!
ユーキ ……。
エルザ 行け!
ユーキが駆けだす
爆音
ユン ユーキ!?
リード いくつか時限式の爆弾を仕掛けました。ご安心ください、炎を吹くものではありません。
エルザ ……この会談をつぶして何をしようって言うんだ。
リード あなたと話すべきことはありません。
ユン エルザ伏せろ!
閃光と爆音
暗転 会話中に徐々に半暗程度の明るさに
ユン エルザ、エルザ無事か!
エルザ 大丈夫だ。
ユン 歩ける!?
エルザ ……難しいかもな。
ユン 怪我か、何処だ!
エルザ 挫いただけだ、たぶん。
ユン おぶされ。とにかく仲間と合流する。
エルザ リード……あいつ。
ユン 行くぞ。
エルザ まだ未来はある、そうだな、ユン。
ユン ……ああ。俺たちが諦めない限り。
エルザ・ユン退場
ユーキ スバル! スバル! スバル!
スバル ユーキ!
ユーキ 良かったスバル、無事か!
スバル 目をどうしたんだ!
ユーキ まともに爆風を浴びた―――左はもう見えないかもしれない。
スバル そんな!
ユーキ 平気だ。
スバル 平気なわけあるか!
ユーキ 平気だ!
スバル ……何があった。
ユーキ クーデターだ……政府側でこの調印に不満があるやつがクーデターを起こした。
スバル 調印は。
ユーキ 枢機卿が拉致された。多分人質としてだ。建物中に爆弾を仕掛けたらしい。
スバル それどころじゃないってことか。
ユーキ 総帥は殺された。
スバル カイは。
ユーキ 多分、まだ大丈夫だと思う。
スバル 予断を許さないな。とにかくエルザ達と合流しよう。
ユーキ つかまってなければいいけど。
スバル 大丈夫だ、こういう展開も予想していただろう。
ユーキ そうだけど。
スバル 案じても仕方ない。
ユーキ 二人を探そう。そう遠くはないはずだ。
エルザ・ユン登場
エルザ ふたりとも無事か!
ユーキ エルザ足を。
エルザ 平気だ、生きている。
ユン それよりカイを助けないと。
ユーキ カイはどうしたんだ。
エルザ あの馬鹿弟が連れていった。
スバル そいつがこの騒ぎを起こしたのか。
ユン カイの義理の弟だ。まっすぐな奴だと思ってたんだけど、
エルザ まじめをこじらせるとろくなことにならない。
ユーキ カイはまだ無事なはずだ。
ユン 助けに行こう。
スバル それでいいのか?
エルザ どういう意味だ。
スバル 既にこれだけ混乱しているんだ。まずは組織をまとめることが必要だろう。きっとこの騒ぎで、外は
相当殺気立ってるはずだ。
ユン 早まったら一気に全面戦争、ノアは崩壊する……。
スバル エルザとユンは少なくとも皆の前に出る必要があるんじゃないか。
エルザ しかしカイは! ユーキ、お前も何か言ってくれ。
ユーキ カイは……カイは、大丈夫だ。私たちは私たちのなすべきことをしよう。
エルザ ユーキ!
ユーキ カイはただ平和をを望んでいる。そのために準備してきたんだ。今早まればすべてが無駄になってし
まう。きっとカイは、今もリードと闘ってる―――未来のために。
ユン エルザ。政府に銃口を向けたのは俺たちだ。
エルザ なに?
ユン 交渉は決裂、武力行使の決定を下した。内通者の手引きによって政府内を混乱させ、制圧。
エルザ そういう筋書きにすると言うのか。
ユン 外から本当に信頼のおける隊だけを選んで中に入れ、制圧させる。
エルザ 暴力では、犯罪では何も変えられない!
ユン ああ。だから、背負っていこう。この日を。
エルザ ……今終わらせるわけにはいかないからか。
ユン そうだ。
エルザ ……!
ユーキ エルザ。
ユン ともに背負おう。この日の出来事を評価するのは未来の人間だ。
エルザ ……一旦退避する!