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権田  大体なんでゆかがうそをつく必要がある? ええい、考えろ、考えろっ! この部屋であの日、何が起こった!

耳川・権田退場
シャワー音

叶内  ゆか。
ゆか  しっ……。
叶内 (小声で)ゆか。
ゆか  ほどいて。
叶内 (うなずいてほどく)
ゆか  私を殺して。お母さんが出てくる前に、早くして。
叶内  だめだ!
ゆか  早く!
叶内  だめだ、逃げよう!
ゆか  逃げられない! どうやったってお母さんからは逃げられない!
叶内  逃げられる! どこへだっていける!
ゆか  いいから早く私を殺して!
叶内  できないよ!
ゆか (思わず大声で)このわからずやっ!
叶内 (大声で)わからずやはどっちだ!
加奈子 誰っ?!

加奈子 また……あんたね……あんたなのね……!
叶内  ゆかを離せ。
ゆか  叶内君やめて。
叶内  ゆかを離せよ!(加奈子につかみかかる)
加奈子 邪魔しないで! (包丁を手に取る)勝手なことばかり言って……どうして、どうしてよっ!
叶内  やめろ!

包丁の奪い合い。叶内が包丁を奪取することに成功するが、はじき飛ばされる。
加奈子は馬乗りになってゆかの首を絞めようとする

ゆか  お母さん、苦し……!
加奈子 ゆかちゃん、お母さんも後から必ず行くからね……!

気づいた叶内が包丁を手に加奈子の背中に走り寄る

ゆか  やめ……て……!

加奈子がゆっくりと倒れる
叶内が呆然としている

ゆか  (激しく咳き込み、ようやく状況を見る)……え……?
加奈子 ……ゆ……か、ぁ、ゆか……ゆか、ちゃ……ん。
叶内  あっ……あ、あぁっ、……うあああぁぁぁっ。
ゆか  お母、さん。
加奈子 いっ……しょ、いっしょ……よ……!

加奈子はゆかのところまではいずると、渾身の力でゆかの手首を握る

ゆか  いやぁっ!(振り払う)
加奈子 ゆ……か……(気絶)
叶内  あ、……ぁ、(脱力)うそ、だろ……こんなの、うそだろ……。
ゆか  叶内君……叶内君、叶内君っ!
叶内  ……うそだ……。
ゆか  逃げて叶内君、早く!
叶内  人を刺して、逃げるわけにはいかないよ。
ゆか  なにを言ってるの! 早く、早くっ!
叶内  兄貴……兄さん! 兄さん! 僕、どうして、どうしてこんなこと、ぁあ、うあぁああぁぁぁあ
ゆか  ……っごめんね、ごめんね叶内君……!
叶内  ……何で……?
ゆか  私が呼ばなきゃ、こんなこと……! ごめん……!
叶内  ……泣かないで、ゆか、泣いちゃだめだ……
ゆか  逃げよう。二人でいれば、どこへでも行ける。
叶内  ……うん……。

こわごわと、やがて確かめるように抱き合う

ゆか  ひとりじゃない。ひとりじゃないんだよ。
叶内  うん……。

早百合 この時、初めて彼らはふたりになった。ひとつのふたりになって、彼らは逃げることを決意した。それが、たとえ数日間の猶予でしかないとわかっていても……。

二人、手をつないで出る。

早百合 そして二人は長い夜を過ごす。服を買い替え、ひたすら街を歩いた。雄介の待つ店に戻ることもなく。そして、安いホテルに入り、ぐっすりと眠った。ずっと、手をつないだまま。

ゆか  叶内君の誕生日っていつだっけ。
叶内  もう過ぎた。ゆかもだよね。
ゆか  うん。
叶内  ……イルカショー見に行こうか。いつか。
ゆか  うん。すごくおしゃれしていくよ。
叶内  いいよ、そんなのしなくて。
ゆか  わたしがしたいの。ペディキュアも塗って、ピアスつけて。
叶内  ペディキュア?
ゆか  足の指につけるマニキュア。でも小指がうまくぬれないの。
叶内  じゃあ僕が塗ってあげる。
ゆか  あはは、見返りは?
叶内  日付が変わる瞬間にメールしてみたい。
ゆか  何それ。
叶内  ロマンチックだろ?
ゆか  めんどくさい。
叶内  空メでいいんだ。
ゆか  気が向いたらね。
叶内  うん。
早百合 これが、あの日起こった全て。
叶内・ゆか これが、二人の物語の始まり。
早百合 これが、私の人生を変えた日。















権田  ああちくしょう。どうしてもあの二人が犯人だと示唆する情報しか出てこねぇ。
耳川  でも、確証はないですよね。
権田  ああ。そう考えるのが自然ってだけだ。今日はその確証を求めるための事情聴取だ。
耳川  部長が、暴走するなって言ってました。
権田  なんだ、止めるのか?
耳川  いえ、一緒に突っ走ります。
権田  行くぞ。

権田が叶内と、耳川がゆかと対面する

権田  もう一度教えてください。あの日の出来事を。
ゆか  私と叶内君は三時ごろに会って、それからずっと一緒にいました。
耳川  それがアリバイとならないこともあります。
叶内  僕らが共犯のときですね。
権田  そうだ。あの日の君たちには不自然なことが多すぎる。いっそ、君たちが相原加奈子を殺害したと考えたほうが自然だと思えるくらいな。
叶内  もうひとつ、可能性があります。
権田  なに?
叶内  僕たちが共犯じゃなく、僕の単独犯だった場合です。
ゆか  私たちは、ずっと、一緒にいました。
叶内  僕がそう彼女を脅していた場合ということです。
権田  どういう意味だ。
叶内  そういう意味です。もう一人の刑事さんは聞かなくていいんですか。
権田  話す気か。
叶内  ゆかを解放してください。きっと、彼女は僕が話したことを知りたくはないはずだから。
権田  ……おい、耳川!
耳川  はい!
権田  そっちはもういい。ちょっとこっちにきてくれ。
耳川  は、はぁ? えっと、もういいってことは、帰っても、いい、よ?
ゆか  叶内君は?!
耳川  さぁ、僕にもちょっと。まあ、お疲れさまでした。
ゆか  ちょっと……! もう……。

ゆか退場

叶内  僕が彼女を脅して連れまわしました。殺人犯になりたくはなかったので。彼女の母親を殺したあと、怯える彼女をつれて僕は部屋を出ました。そしてすぐにホテルに入った。この日、包丁を持っていた僕は圧倒的に強者でした。僕はアリバイのためにゆかに偽証を強要したんです。けどどうやら、刑事さんたちは状況検分までできているみたいですね。誤算でした。
権田  ふざけるな! 君がそんなことをするわけないだろう!
叶内  あんたに何がわかるんですか!
権田  うそをつくな! 俺たちの捜査を無駄にするな! 俺たちは…俺たちは、あんたたちが犯人じゃないって証拠をつかみたくて捜査をしてるんだ!
耳川  権田さん!
叶内  僕たちが犯人じゃない証拠?
権田  状況証拠はそろっているんだ。あんたたちの犯行だって考えるのが一番自然なんだ。だが俺は! あんたたちが犯人じゃないことを願ってるんだ。
叶内  物証がないといけませんか? それとも現行犯ですか。
権田  帰ってくれ。
耳川  は?
権田  帰れ、今日の事情聴取は終わりだ。いいか、偽証は犯罪だ。犯罪なんだ! 頭を冷やせ。
耳川  なに言ってるんですか権田さん!
権田  帰れ! 続きは明日だ! とっとと家に帰っちまえ!
作品名:Re;cry 作家名:barisa