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耳川  ……君への嫌疑が晴れたわけではありません。むしろ、さっきの君の発言は自供とも取れます。本当は、君を逮捕・拘留しなければならないんです。しかし……君を信じていいですか? また、明日来てくれると。
叶内  はい。失礼します。

叶内退場

権田  ……悪いな。
耳川  ……いえ。
権田  一人にしてくれ。
耳川  ……はい。

耳川退場

権田  わかりやすい嘘つくんじゃねぇ! お前がそんなことする人間じゃないってのはわかってるんだ。何が「脅してつれまわした」だ、何が「誤算」だ! 馬鹿にするなっ。
耳川  権田さんっ!
権田  何だ。
耳川  鑑識が、見つけたそうです。
権田  ……何をだ……。
耳川  午後4時36分、近所の量販店に入る二人の姿が監視カメラに写っていました。ゆかが服の料金を精算した後叶内大樹は店内で服を着替えています。そして、先ほど、彼のもとから着ていた服と酷似した服が見つかり、相原加奈子の血液付着が認められました。今、服に付着したほかの体液・毛髪などの鑑定を急いでいるところです。
権田  叶内大樹のDNAでも出れば物証は完璧か。
耳川  現時点でも被疑者、用心しても重要参考人です。
早百合 それは、本当に小さな映像だった。画面の片隅を足早に通過する人影は、何一つ異様な空気をまとってはいなかった。しかしこの映像は、二人を追い詰めるには十分な証拠だった。二人の物語は、こうして終焉へ向かって進んでいく。立ち止まらず、振り返ることもなく。
耳川  権田さん……これが見つかってしまった以上……。
権田  拘留しない訳にはいかないって事か。
耳川  ……はい……。でも、相手は未成年です。もっと慎重でしかるべきかと思います。
権田  ああ。本来は、両親・家裁・弁護士が噛んで家族保護を含めて慎重に対応すべき事案だろうな。
耳川  ……だけど。
権田  両親が雲隠れじゃ話にならねぇ。妹は家裁と児相でなんとかするしかねぇが、弁護士は、現時点ではたのめない。叶内大樹は犯行を自供した。証拠も挙がってる。さらに罪を重ねる可能性だってある。少年法では―――逮捕だ。
耳川  でもせめて、一晩待つくらいはできないんですか?! 明日来ることを彼は約束してくれました。
権田  できないな。
耳川  そんな。せめて一晩だけは。今なら、誰にも知られず我々だけで動けるんじゃないんですか?!
権田  耳川。お前、辞表を書く気はあるか。
耳川  ……え?
権田  一晩待って、もし自殺なんかしてみろ。俺たちはその責任を免れ得ない。
耳川  権田さん! なに弱気なこと言ってるんですか!
権田  お前の話だ! お前はキャリアのエリートだろうが。俺のことじゃねぇ、お前の話をしている。俺の覚悟は、ここにある(辞表を取り出す)。古本屋から話を聞いたその日、俺はこれを書いた。これが、このヤマにかける俺の覚悟だ。
耳川  僕……殺人は絶対やっちゃいけないことだって思ってます。あの二人も、それはわかってると思うんです。もし彼らが死を選ぼうとするなら、そのときは僕が体張って止めます。僕はなんとしても、彼らに時間をつくってあげたいんです。人に挨拶をしたり、思うままにすごしたり、そういう、普通の時間を。
権田  耳川。
耳川  僕、辞表を書きます。責任は二人で負いましょう。僕ら、パートナーなんですから。
権田  ああ。じゃあさっさとしたくしろ。下手打たれる前に張り込むぞ。明日、ちゃんと話を聞けるように。
耳川  はい!

権田・耳川退場

早百合 権田・耳川両刑事がこのやりとりをしていたとき、叶内大樹と相原ゆかの物語は終焉の地を選んでいた。四人の物語がここで交差し、また離れてゆく。兄さん、あなたは知っていたんですね。この物語の結末を。






10
叶内 (電話)ゆか?
ゆか  もう終わったの?
叶内  うん。ねえ、今から水族館に行かないか。
ゆか  ……いいけど。
叶内  じゃあ東京駅で会おう。どれくらいで来れる?
ゆか  一時くらいには。
叶内  わかった。待ってる。
ゆか  遠くへ行くの?
叶内  うん。
ゆか  わかった。

ゆか退場

叶内  あ、もしもし雄介さん? 大樹です。今から大阪の水族館に行ってきます。ゆかも一緒です。大丈夫、遅くはなるけどゆかはちゃんと帰すので……それじゃあ。……さよなら、だね。ごめんな早百合、兄ちゃんもう行くから。
早百合 待って、お兄ちゃん。待って。

叶内退場

早百合 待って……あなたには、時間が必要だったのよ。もう少しだけ、時間が……お兄ちゃん……。

暗転

権田  どうだ、帰ってるか。
耳川  いえ……今のところ無人みたいです。
権田  ……どうなってんだ、この家は。
耳川  事件が発覚して大樹君が犯人だって報道されたら……。
権田  よく見とけよ、耳川。犯罪者の家族の生き様を。そして決して忘れるな。
耳川  はい。
権田  刑事ってのぁ大した仕事じゃねぇな。起こってしまったことを解明するしかできないんだからな。犯罪は、起きないことが一番大事なんだ。
耳川  はい……なんか、権田さんからそういうこと聞くと意外な気がします。
権田  何でだよ。
耳川  いや、現場命のたたき上げ刑事って印象があったんで。
権田  どうせたたき上げだよ。……俺ぁ、父親殺されてんだ。
耳川  え?
権田  俺んちは貧しくて、親父はとんでもねぇ博打屋だった。そうして、借りちゃなんねえところから金借りちまったんだよ。
耳川  ……それで……?
権田  全部吸い上げられて一文無し。自棄になった親父はやくざの家に殴りこんで……しばらく後に、骨が返ってきたよ。
耳川  ……。
権田  母親は俺を育てながら言ったもんさ。半端もんの末路はあんなもんだ、汚い金をつかんだやつは汚い死に様しか用意しちゃもらえねえってな。
耳川  権田さんに、そんな過去が……。
権田  母親の苦労はすさまじかった。ましてこの家は、長男、次男だ。親の保護があてにできねぇ妹を、どう守る。
耳川  ……僕、この家族のこと、ちゃんと見てます。
権田  ……帰ってこねえな……相原ゆかと合流して古本屋か? そっちに回ってみるか。
耳川  はい。

着信音

権田  俺だ。んん? 古本屋? ……はい、権田です。

雄介入場

雄介  お忙しいところすみません。
権田  いやいや、どうかされましたか。
雄介  大樹君かゆかと連絡が取れますか?
権田  ……いや……今、叶内邸に張り込んでるんですが、とりあえず帰宅してはいないみたいですが……。
雄介  何てことだ…!
耳川  どうかしたんですか?
権田  もしもし?! どういうことですか。
雄介  大阪です……。
権田  え?
雄介  二人は大阪です! 今、二人と連絡が取れないんです!
権田  大阪だと……?
耳川  なんですって?!
雄介  大阪の水族館に行くといって。嫌な予感がするんです、まさか、ふたりして。
権田  何時ごろの話ですか!
雄介  ちょうど昼です!
権田  今四時……くそっ!
雄介  一時ごろにゆかから連絡があって、これから大阪へ向かうと。
作品名:Re;cry 作家名:barisa