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ゆか  うん……今頃はお母さん……。
加奈子 あんたたち、何してるの……。
ゆか  お母さん。
加奈子 何してるのよっ!
ゆか  お母さん待って、違うの話を聞いて。
加奈子 あんたやっぱり私を置いていくつもりなのね、誰なのそいつは! 私からゆかを奪っていくつもりね!
叶内  話を聞けよおばさん。僕たち何もしてない。
加奈子 黙りなさいっ! おいでゆか、きなさいっ!
ゆか  お母さんっ!
叶内  離せよ、ゆかを離せよっ!
加奈子 嫌よ、離さない、ゆかは私のものなのよ、誰にも渡さない。どこにも行かせない! 私と一緒にいるのよ、この子は私が守ってあげなきゃだめなの!
叶内  思い上がるなよ、おばさんよりゆかのほうがずっと強いんだってわかんないのかよ! おばさんがそうやってゆかを縛り付けてんだろう!
加奈子 きなさいゆかっ!
叶内  あんた自分勝手なんだよ!
ゆか  痛い、お母さん痛いっ!
叶内  ゆかっ!
ゆか  いいの叶内君、いいから!
加奈子 さっさとここから離れるのよ!
ゆか  さっきの言葉……うそじゃないよね?
叶内  ゆかっ!

加奈子、ゆか引きずりながら退場

叶内  ゆか……。

半暗 
雨音

叶内  何でだよ……なんでなんだよ! 僕が何をした?! ゆかが何をした! 何の権利があってこんなことをするんだ。もう、僕たちのことは放っておいてくれよ。僕たちはただ生きたいだけだ。ただ……生きてるだけだ。はは、こんなときなのに、涙のひとつも出てこないんだ。苦しいよ、人は泣きながら生まれてくるんだったっけ。なら、きっと泣くことを忘れた人は人じゃなくなるんだ。僕みたいに。

ふと、落書きに気づく

叶内  殺す。死ね。殺す。殺す。殺してください。死ね。……生きています。……生きて、います(声が震える)。はは、こんなところに、生きています。誰にあてて書いたんだろう。誰か、気づいたのかなぁ。……誰でも、良かったんだ。たぶん、この人も。

叶内  ……生きて、います。僕も。あなたの言葉が、僕にも届いています。僕の言葉も、あなたに届きます、きっと。

叶内、脱力してしゃがみこむ。だんだんと照明が落ちる。
照明が落ちきったとき、電話の着信音が鳴る。















叶内  もしもし。
ゆか (後ずさりながら出で来る)おかあさん、その包丁で何をするつもりなの?
叶内  もしもし? ……ゆか?
加奈子 あなたが逃げるからよ。
ゆか  もう逃げないよ。帰ってきちゃったもん。もう、逃げられない。
加奈子 さあ……どこへでもいけるでしょう? あなたなら。
ゆか  お母さんだっていけるんだよ! 一緒に行こうって言ったら、ついてこられるでしょ?
加奈子 ゆかはお母さんが守ってあげなきゃいけないのにどうしてお母さんの下から出て行こうとするの。
ゆか  ……お母さん。さっき叶内君が、あんたは自分勝手だって言ってた。
加奈子 あの男の話はやめて。
ゆか  私もそう思うよ。お母さんは、自分勝手。
加奈子 あなたを守ってるのよ。いつか、あなたにもわかる時がくるわ。
ゆか  どうだかね。
加奈子 あなたはお母さんとずっと一緒にいるのよ。そうすれば、もう何も怖くないわ。
ゆか  お母さんは何から私を守ってるの?
加奈子 あなたを守り続ける方法をお母さん思いついたの。
ゆか  それが包丁? 自宅で母娘ともども無理心中が、いい方法? 頭がおかしい。本当いい趣味ねお母さん。
加奈子 もうどこにもいかせない。
ゆか  わかった。でもお母さん。せめてきれいに死のうよ。
加奈子 きれいに……? そうね、それもそうね。
ゆか  お風呂に入りたい。
加奈子 だめよ、そういって逃げるつもりなんだわ。
ゆか  じゃあお母さんは私を縛るなりなんなりすればいいじゃない。私は逃げるつもりはないよ。それとも一緒に入ってあげようか。
加奈子 ……そうね。
ゆか  あと、前にもらった高級ワインがあったよね。
加奈子 お酒? だめよお酒は!
ゆか  一度だけ。焼酎のにおいしかしらないなんて惨め過ぎる。お母さんも飲もうよ。昔はお父さんと一緒に飲んでたんでしょう?
加奈子 ……じゃあ、少しだけよ。
ゆか  お酒を少しだけ飲んで、それから三時半になったらお風呂に入るの。
加奈子 三時半になったらお風呂に入るのね。
叶内  ……わかった(電話を切る)

叶内駆け出す。
加奈子とゆかストップモーション
耳川と権田が入ってくる

権田 (裏から)あ、くそ、鍵がいかれてやがる。閉まらねぇ。誰か入ってたら証拠隠滅になんじゃねえか!
耳川  大丈夫ですよ、テープ張ってあるし誰も来ませんて。現場は変わってないはずです。
権田  なんで普通の民家のカギがイカれてんだよ。
耳川  二時にゆかが出て行き加奈子は一人。
権田  そして加奈子はシャワーを浴びに行く……。

加奈子退場

耳川  そして何者かが侵入する。加奈子がシャワーから出てくる。台所に戻った加奈子を刺す。そして……財布を取り逃走?
権田  物取りの犯行としてなら、そうなるな。
耳川  でも、なんでこんな時間にシャワー?
権田  出かける予定があったとか。
耳川  にしては恰好がおかしいですね。台所では何を?
権田  鑑識の見立てじゃ、ワインを飲もうとしてたんじゃないかって。
耳川  近所の人の話だと、旦那がアル中になって以来ほとんど酒は受け付けなかったって言ってましたけど。
権田  キッチンドランカーだった可能性は?
耳川  でもグラス2つだったんですよね?
権田  誰と。
耳川  不倫相手? あ、友達がくるとか。
権田  そーゆーのが一切なかったってのは調べがついてんじゃねえか。
耳川  ……ですよね。
権田  この時点でゆかはまだいたと考えるのが自然だ。
耳川  もしゆかが出かけるとしたら、加奈子がシャワーを浴びている時間。
権田  加奈子は殺される直前、四時ごろまでシャワーを浴びている。着衣から見て、シャワー途中で出てきたと考えられる。なにか異変を察して。
耳川  ゆかの、逃亡。でも、逃亡の心配があるゆかを放置してシャワー浴びます?
権田  まさか、ゆかは拘束されていた?
耳川  そして犯行直前までここにいた。
権田  侵入した誰かがゆかを連れ出す……ええい、待て。想像でしかない。叶内少年が関係ないって可能性はまだある!
耳川  この日だけで加奈子の携帯の発信履歴が全部ゆかで埋まってるんです。五分おきぐらいの勢いでかけてます。それが、昼ごろに突然途絶えてる。
権田  家出娘を捕まえることに成功した。加奈子はゆかを連れ戻し……まさか、心中しようとした?
耳川  娘を拘束し、シャワーへ向かった。
権田  そして、ここで刺された。
耳川  ゆかを連れ出す目的で何者かが侵入し加奈子を刺した。もしくは、逃げるためにゆか本人が。この場合でも、協力者が必要です。加奈子と、ゆかと、もう一人。
権田  何者かに脅されて、むりやりゆかが連れ出されたとも考えられる。だがそれじゃあ次の日の朝叶内少年といたことがあまりに不自然だ。
耳川  権田さん……。
作品名:Re;cry 作家名:barisa