Re;cry
雄介 はい。あの日、私が二人を止めていれば、彼らは罪を犯すことはなかったかもしれない。けれど、彼らにはきっと殺人以外の道もあったはずなのです。
耳川 あなたは彼らのあの日の行動を知っているのですか!
雄介 私が知っているのは、ゆかの母親が殺される前日のふたりと、それからの二人だけですが。あの前の日、ゆかは一度ここに来て、それから大樹君と出掛けた。その後彼らがどうしたのかは知りませんが、次の日にゆかの母親が殺されてしまった。それからのことは、あなた方のほうがご存知かと思います。
権田 ……。
雄介 私の願いは、彼らがただありのままの彼らであることです。世間一般に言われる、キレる少年ではなく、叶内大樹、相原ゆかという、ありのままの彼らであり続けることです。
権田 貴重な話を、ありがとうございました。
雄介 いえ。……ご苦労様です。
耳川 それでは失礼します。
権田 失礼します。……小山さん。
雄介 はい。
権田 約束します。私たちは、ありのままの彼らを追いかけます。
雄介 はい。お願いします。
権田 ご協力、感謝します。
雄介退場
耳川 ……権田さん。
権田 なんだ。
耳川 本当に、あの二人なんでしょうか。
権田 ……。
耳川 話を聞くほど、あの二人なんだって思えるんです。だけど同じくらい、あの二人のはずがないって思っちゃうんです。
権田 耳川。
耳川 僕、はじめ、またキレる十代かって、怖いなあって思ってたんです。何するかわかんないなあって。真面目で、優等生で、ちょっとおかしな。
権田 ああ。ただの優しい17歳だった。
耳川 だって17歳ですよ? 17歳なんてもっと馬鹿で、自分のことばっか考えてて、恋だの音楽だのに熱中して、少しでも他人と違うとこをさがして個性ぶって、そんなんじゃないですか!
権田 流されるな耳川。
耳川 でも!
権田 俺たちは何だ! 刑事だろうが。証拠が全てなんだよ。
耳川 だって権田さん!
権田 だってもクソもねぇ!
耳川 僕嫌です! 二人が犯人だなんて、嫌ですっ……!
権田 じゃあ証拠を集めろ! 二人が犯人じゃないって証拠を。
耳川 え?
権田 俺の中の刑事の部分が言ってる。十中八九犯人はあいつらだ。けど、人間の権田正造が、そんなはずぁねえだろって叫んでんだ! こんなのってねぇだろ! まっとうに生きたいやつがこんな恐ろしい罪を犯すなんて、そんなのねぇだろ! そんなはずぁねぇんだよ!
耳川 権田さんっ……!
権田 もう一度、証拠を洗え。
耳川 はい!
権田 あいつらが犯人じゃないって証拠を、見つけるんだ。
6
雄介 ゆか。今日……。
ゆか 何?
雄介 ……いえ。
ゆか どうしたの? へんな雄介さん。
雄介 ゆか。あの日の話を、してもらってはいけませんか。
ゆか あの日……? ああ、あの日?
雄介 教えては、もらえませんか。
ゆか ……いいよ。雄介さんには、うそついちゃいけないと思うし。けど、これだけ約束して。
雄介 なんですか。
ゆか 絶対、あの日のことを振り返って後悔しないで。雄介さんのせいじゃないの。これは、私と叶内君の物語だから。
雄介 ……わかりました。
ゆか あの日、私はお母さんと喧嘩したの。そして家を飛び出した。この店には、先に叶内君が来ていた。
叶内 雄介さん、雄介さんはどうして優しいんですか?
雄介 私ですか? 私は優しくなんてないですよ。
叶内 うそ。優しいですよ。それも病的に。
雄介 病的に? どういうことですか?
叶内 雄介さんにも、辛いことがあったのかなぁって、思うから。
雄介 この歳ですからね。多少のことはありますよ。
叶内 聴いてもいいですか?
雄介 ……。
叶内 ……うそ。やっぱいいや。聴きたくない気もします。
雄介 あなたのほうが、大樹君、あなたのほうがよっぽど優しい。そしてゆかも。
叶内 そうですね。ゆかは優しい。
雄介 私は、君たち二人がうらやましいんだと思います。
叶内 うらやましい? それってどういう……
ゆか (駆け込んできて)雄介さんっ……。
雄介 ゆか……? どうしたんですか?!
ゆか お、お母さんを置いてきちゃった。
雄介 え?
ゆか お母さんと喧嘩したの。お母さんのこと振り切って逃げてきちゃったの。帰らなきゃって思うけど帰りたくなくって、停まらないように走ってきたの。
叶内 家出したのか?
ゆか もう嫌なの……あんなところにもう帰りたくない。なのに……今私の頭の中で、帰らなきゃ、帰らなきゃって誰かが叫んでる。
雄介 待っていてください。今お茶を淹れますから。
ゆか うん……。ありがとう。
叶内 今日、学校は?
ゆか 行ってない。最近ずっと行ってない。
叶内 おばさんか。
ゆか 叶内君こそ、来てないでしょう。
叶内 ……。
ゆか 行く必要がないから、行かないだけよ。
雄介 はい。
ゆか ありがとう。雄介さん。私これからどうしたらいい?
雄介 それは、ゆかが自分で考えなければならないことだと思います。
ゆか 意地悪。
雄介 ゆか、アドバイスならできます。しかし決めるのはゆか自身だ。誰かに決断をゆだねてしまえば、いつか必ず後悔します。そのとき、他人を責めるのは辛いでしょう。自分に対する後悔なら、反省にできる。いつかはその失敗を取り返せる。誰かに責任を転嫁するのは、最終的に自分を苦しめることになるのですよ。あなたには、わかっているはずです。
ゆか ……うん。お母さんに、私が言ってたことだもの。
雄介 そうです。ゆかはいつだって自分で決断してきたでしょう。
ゆか じゃあ雄介さん、アドバイスをちょうだい。
雄介 わたしがゆかなら、気が済むまで家から離れて、帰りたいなと思えるくらい落ち着いてから帰ります。
ゆか うん。私もそう思う。
叶内 帰るの?
ゆか 帰る。じゃなきゃ、お母さんたぶん死んじゃう。
叶内 そっか。じゃあさ、しばらく暇だよね?
ゆか そうだけど。
叶内 一緒に来てほしい。
ゆか は?
雄介 そうですね、それがいいかもしれません。
叶内 さ、いこう。
ゆか 待ってよ、叶内君?
雄介 気分を変えるのも大事なことですよ。
叶内 早く。
ゆか 待ってよ、ちょっと!
叶内退場
ゆか ここまでは、雄介さんも一緒だったから覚えてるよね。
雄介 はい。この時、私はふととても不安になったんです。このまま二人が遠くに行ってしまうような気がして。
ゆか この後のことを聞いたら、雄介さんは後悔するかもしれない。
雄介 教えてください。二人と並々ならぬかかわりが、私はあったと思っています。
ゆか わかった。これから話すのは、ある弱い女の子と、本当は強い男の子と、それから、どうしようもなく弱かった、一人の大人の話。
叶内 ゆか、早くって。
ゆか ああもう、わかったよ!
雄介 気をつけて。
ゆか退場
雄介 ……大樹君! ……いや、大丈夫だろう。何を考えたんだ、私は。
雄介退場
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