Re;cry
権田 あんたの記事は、読ませてもらった。
耳川 僕も読みました。
権田 よく……書こうと思ったな。
早百合 (急に涙ぐむ)
権田 俺達でよければ、協力させてくれ。
耳川 ぜひ、力にならせてください。
早百合 お二人には、どれだけご迷惑をおかけしたかわかりません。それでも、厚かましいとは承知で、お願いします。協力してください。
耳川 少年犯罪について長く取り組んでいるのも、あの事件の影響ですか。
早百合 もう、見逃したくないんです。誰かの、救いを求める心を。
権田 辛い事件だった。
早百合 ……。
権田 俺たちにも、あんたにも、もちろん、彼にとっても。
早百合 ……お二人が兄のことを大事に思って捜査を進めてくださったと伺っています。雄介さんから話を聞いたことが、きっかけだったんですか?
権田 俺たちは、先入観を持って捜査していた。
耳川 小山さんがそれを気付かせてくれました。
5
耳川 失礼します。ご主人はいらっしゃいますか。
雄介 はい、いらっしゃいませ。
権田 どうも。少々、捜査にご協力願えますか。
雄介 はい。
耳川 あなたは、この二人をご存知ですね?
雄介 ……ええ。よく。
権田 ちょっと話を聞かせていただけませんか。
雄介 どういった、お話でしょうか。
権田 そうですね。この二人どういう人間なのか、この二人がどういう関係なのか。なんでもいいんです。とった情報をつなげるのは我々の仕事ですから。
雄介 でしたら、できるだけ詳しくお話しなければなりませんね。誤解や曲解のないように。
耳川 なんだと?
雄介 私の知る限りのことをお話しますよ。どうぞ、中へ。
権田 この二人はよくここへ来ますか。
雄介 ええ。学校を休んでここへ来ます。
耳川 ここで何を?
雄介 本を読んだり、テレビを見たり。たまに三人で話すこともありますが基本的にはそれぞれが気ままに過ごします。
権田 あなたから見てどうですか、この二人は。
雄介 人柄ですか? 優しい、賢い子達だと思いますよ。
耳川 優しく、賢く、もともとは二人とも成績優秀だったそうですね。もっとも、今は……。
雄介 成績のことは知りませんが、おおむねそうなんでしょうね。
権田 ここでは彼らはどんな本を読んでいたんですか?
雄介 ごく普通の本を読んでいましたよ。時代小説でも、ノンフィクションでも何でも。
耳川 その、ミステリーとか、猟奇趣味のものは?
雄介 ミステリーは、大樹君が好んで読んでいたように思います。猟奇趣味は二人ともあまり読んでないと思いますよ。
権田 叶内君はお兄さんが逮捕されていますね。そのことについてなにか言及していましたか。
雄介 自分の家族のことです。彼はたいそう打ちひしがれていました。なんで、とも言っていました。謂れのない暴言を吐かれて、蔑まれて。彼は兄を許したい気持ちと、許せない気持ちとの間で葛藤していました。
権田 両親のことについて何かご存知ですか。
雄介 さあ。彼はあまり家庭のことを話さないので。
耳川 乱暴になったり、凶暴な言動はありましたか? もしくは、犯罪行為をほのめかすような。
雄介 ありません。あなた方は何を知りたいのですか? 世間で言われる、切れる若者のことですか。大樹君やゆかの話ではないのですか! あの二人は世間で言われるような、抑圧から自棄になってことを起こしてしまうような短慮な子達ではありません。私は! あなた方の知らない二人についてよく知っています。あなた方が知らなければならないのはニュースや雑誌、人のうわさではない、彼らの本当の姿なのではないのですか! ……すみません。言葉が過ぎましたね。
権田 いえ、こちらこそ、失礼しました。話していただけますか、あなたの見たありのままの二人を。
雄介 大樹君は、大人しい、思慮深い子でした。兄を中心に回る家庭の中で、妹を守り時に兄相手に苦言を呈することのできる子でした。もっとも、兄に彼の言葉は届かなかったみたいですが。大樹君はばらばらの家族を何とかしようといつも心を砕いていました。彼は、その兄ですら愛していたのです。けれど、彼にもどうしようもないことなんていくらでもあった。特に彼の兄があんなことになってからは。そういう時、彼はここに来ました。
耳川 ここで本を読んで、ゆっくりとすごして、心の平穏を?
雄介 時々、ここで眠るんです。泣きながら、うなされて「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝るんです。彼のせいではないのに。
権田 家庭内暴力は、相原ゆかとの共通点でしたね?
雄介 ええ。ゆかの父親は酒びたりで、家に金を入れない人間でした。……ゆかは、おそらく、売春をしていたと思います。
耳川 え、その割には、質素な……。
権田 馬鹿。家に金を入れて家族を養っていたのがゆかだって事だろうが。
耳川 えっ……けど、ゆかは家か学校かの生活を余儀なくされていたんじゃなかったんでしたっけ。
雄介 制服で家をでて、ここに来たり、学校に行ったり。そうでない日は街に出ていたんでしょう。一度、酷い傷をつけられてここに来たこともあります。
耳川 あなた、止めなかったんですか?!
雄介 私には何も言うことはできませんでした。大切なものをひとつずつ自分で捨てていくゆかに、私は何も言えなかった。
権田 どうして、ゆかはそこまで。
雄介 ゆかもまた、家族を愛していたからですよ。けれど、ゆかの愛情は複雑だった。
耳川 父親が暴力的な分、母と娘はべったりだったみたいですね。父親は排除されていたということですか。
雄介 いえ……正確には、母が娘に依存しきっていたのです。ゆかは、そんな母を愛すると同時に憎んでもいた。
権田 父親ではなく、か。
雄介 母親さえいなければ、母親さえ決断すれば、父からは逃げられると思っていたのでしょう。もともと不在がちな父親です。父を捨てることにためらいはなくても、母は捨てられなかった。そして母は父から離れない代わりにゆかのことも離さなかった。ゆかの愛が、憎しみを帯びるのはおそらくとても簡単なことでしょう。
耳川 ……同性がゆえに、許せない部分もあるのかもしれませんね。
雄介 ええ。
耳川 その、ゆかさんと叶内君が付き合っているということは?
雄介 ないでしょうね。
権田 まったくですか。
雄介 そうなればいいと私は思っていましたが。
権田 それがいまどきの高校生の姿か。
雄介 おそらく、かけ離れているでしょうね。彼らは、感情を自分の中に押し込めることに長けすぎている。ただ、二人の心の根元には、同じものがあるのだと思います。彼らは彼らなりの絆をちゃんと感じている。……刑事さん。
権田 権田といいます。
雄介 権田さん。私は、相原加奈子を殺したのはあの二人だと思っています。
耳川 そんな。
雄介 二人がどんな人物であれ、どんな境遇を抱えていたのであれ、殺人と言う醜悪な結末を彼らは選んでしまった。その報いは、必要なのだと思っています。
権田 それは、本心ですか。