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Re;cry

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叶内  はは、雄介さんは優しいね。怒ってくれるんだ。
雄介  そんな暴言を許すわけには行かないでしょう!
叶内  けどね、雄介さん。僕の兄貴は、世間的にそういうことになってるんですよ。抑圧され、真面目な優等生を演じていた彼はなにかのきっかけに不意にキレちゃったって、そうなってるんです。
雄介  それが事実なんですか、大樹君から見て!
叶内  わかりません。でも、うまく説明できる気が……うまく説明できすぎてる気がするんです。動機とか、兄貴の人格だとか、型にはまってて、俺の兄貴なのに、まるでニュースに出てくるただの18歳みたいになっちゃってるように思うんです。
雄介  大樹君、君は頭のいい子だ。そしてとても優しい子だ。今は、辛いと思います。けど、君が頑張って耐える必要はないんですよ? 君は、もっと感情を表に出していいんですよ?
叶内  うん、ありがとうございます、雄介さん。
雄介  ……君に、礼を言われることじゃない。
叶内  ねえ雄介さん。
雄介  はい。
叶内  ……許さなくても、いいかな。
雄介  ……ええ。
叶内  本当に?
雄介  もちろんです。もしかしたらずっと月日が流れていつか許せる日がくるのかもしれない。けれど、それまでは許さなくていいんです。
叶内  やっぱ神父さんみたい。
雄介  うちは浄土真宗ですよ。
叶内  ……うん。じゃ、結構遅くなっちゃったし、帰ります。お邪魔しました。
雄介  暗いから気をつけて。
叶内  はは、大丈夫ですよ、年頃の女の子じゃないんだから。痴漢が出たら退治して警察に突き出してやります。
雄介  くれぐれも手加減するんだよ。……じゃあ。
叶内  また来ます。

シルエットのみになる。
叶内と雄介のシルエットが交差(雑踏)
数人のシルエットと交差しながら、叶内退場。












ゆかが舞台上にいる。
明転

ゆか  叶内君は、少し猫背で、よく笑う人で、でも目が笑ってない人だった。叶内君のことは、それくらいしか知らない。私は私の生活に必死だったから。だから、叶内君のことなんて、私が教えてほしいくらい。
加奈子(舞台裏から)ゆか……ゆかちゃん、まだ帰ってこないのかしら。ゆか……どこにいるの、ゆか……。
ゆか  お母さん、お母さんただいま。
加奈子(走り出て来て)ゆかっ! よかった帰ってきたのね! もう帰ってこないんじゃないかって、お母さん心配で、心配で。
ゆか  お母さん、ここは私の家でもあるのに、ほかにどこに帰るって言うの。
加奈子 お母さんを置いていったりしないのよね?
ゆか  置いていかないから、だからそんなに心配しないで。友達に電話をするのも止めて。大丈夫だから、私は帰ってくるから。
加奈子 あの人、今二階にいるの。音を立てちゃだめよ。ゆかを殴らせなんかしないからね。ゆかはお母さんが守るからね。
ゆか  ……。また、あざができてる。
加奈子 いいの。あの人が私を殴って気が済むなら、いくらでも殴られたっていいのよ。ゆかが殴られることに比べたら、こんなこと。
ゆか  お母さん、自分をもっと大事にして。私は平気だから。
加奈子 いいの、ゆかはお母さんが守るから。絶対に守る。

ゆかと加奈子、体をこわばらせる
加奈子がひしとゆかに抱きつく

加奈子 ゆか……。
ゆか  下りてきたみたいだね。お酒飲んでるの?
加奈子 今日は、昼からずっと……。
ゆか  お母さん、もうあいつのために酒を買っておくのは止めようよ。
加奈子 飲まなくても暴れるの! 飲んでも、飲まなくても暴れるの。それなら、飲ませて眠らせたほうがいいじゃない。
ゆか  薬は? 病院でもらった、気分の悪くなる薬があったじゃない。
加奈子 だめよ、あれを使うと次は機嫌が悪くなってしまうから。……しっ、黙って!
ゆか  ……。
加奈子 ……。

息を詰めてじっと耐える
しばらくする
ふたり、詰めていた息をこわごわと吐き出す

ゆか  お母さん、出て行こうよこんな家。
加奈子 だめよ、そんなことだめよ!
ゆか  お母さん、今度はお母さん殺されるよ?!
加奈子 お母さんは大丈夫よ。ゆかを守らなきゃいけないもの。
ゆか  ……じゃああの男を殺そうよ。
加奈子 ……!
ゆか  ちゃんと働きもしないで、短期の仕事をしては稼いだ金を酒に替えるようなあんなやつ、父親じゃない。だいたいお母さんだってあいつさえいなければパートを続けられたんでしょう?! あいつが変な勘違いして職場に殴りこんできたからお母さんは辞めさせられたんじゃない! 今うちの家計がどうなってるのかお母さんはわかってるの?!
加奈子 ゆかちゃん怒らないで……。
ゆか  ねえ、あいつ殺そうよ……じゃなきゃ、私逃げる……もう嫌なの、こんなの。
加奈子 お願い、お母さんを置いていかないで。
ゆか  ついてくるか来ないかは、お母さんが決めてよ。
加奈子 勝手なこと言わないでよ! お母さんがどんな気持ちでゆかが帰ってくるのを待ってると思ってるの!
ゆか  勝手なのはどっちよ! ……ごめん。違うのお母さん。一緒に逃げよう? あんな男のせいで私たちがこんなに嫌な思いするのって違うと思う。
加奈子 ……うん……考える。もう少し待って。もう少ししたら、お母さんも決めるから。
ゆか  うん。

加奈子がびくりと振り向く

加奈子 はい。今、用意します。
ゆか  お母さん、言うこと聞いちゃだめだよ!
加奈子 おつまみ作るくらい、なんでもないわよ。

加奈子 退場

ゆか  お母さんは、あの男の言いなり。お母さんは、私を守ると言いながら私に頼るだけ。最低よこんなのって。叶内君、君のお兄さんが少しうらやましいよ。この手に凶器を握り締めてあの男に突きつけたら、どんな気持ちになるんだろう。……考えろ、考えるんだ。あの男を、私の人生から追い出す方法を。

激しくぶつかる音
何かが壁にたたきつけられ、壊れる

加奈子(裏から)すみません、すみません……!

断続的に暴力の音がする

ゆか  私はあの男が嫌いです。あいつさえいなければ、こんな思いをしなくて済んだのに。私の体の半分にあいつがいるんだと思うと、私は無性に自分が汚らわしく思えて、ああいっそこの血を抜ききってしまおうか、この身を切り刻んで全てなかったことにできないだろうか、そんなことばっかり考えてしまう。あいつが憎い、あいつが邪魔だ。……だけど、本当は。本当は、私をこの家に縛り付けるお母さんが、世界で一番大嫌い。

ゆか、頭を抱える
小さくなる

ゆか (うめくように)あぁ……っうああああああぁっ(絶叫)
作品名:Re;cry 作家名:barisa