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権田、耳川別々に退場

早百合 では、始めましょう。叶内大樹の物語を。

早百合退場














叶内  こんにちは。
雄介  いらっしゃい。
叶内  新しい本、入りました?
雄介  いや、今のところないですね。
叶内  そうですか。……しばらく居ていいですか?
雄介  もちろんですよ。いつものように、思う存分ここで過ごすといい。
叶内  ありがとうございます。
雄介  ……学校は、やっぱり居づらいですか。
叶内  ……。
雄介  余計なことを聞いてしまいましたね、すみません。
叶内  居づらいって程のことじゃないんです、きっと。ここのほうが居心地がいいんです。日当たりの悪い、ちょっと湿気たここの、古い本のにおいに囲まれてすごすのが、僕は好きなんです。
雄介  好きですか。
叶内  うん……今は、ここが居場所です。そうだ、兄貴は退学になりました。そうですよね。同級生を刺した生徒が在籍しつづけるなんてできるわけない。うわさじゃ、薬もやってたことになってるみたいです。確かに、ありえない話でもないですよね。
雄介  大樹くん。
叶内  あの日、兄貴の人生は変わった。僕の人生も。
雄介  大樹君、止めましょう。君が傷つくだけです。
叶内  おととい家に帰ったらね、母さんが兄貴の部屋に居たんです。兄貴の荷物を詰めてたんでしょうね。部屋がもうめちゃくちゃで、
雄介  大樹君。
叶内  それから、母さんは兄貴の制服を抱きしめて泣いてた。なんでって、育て方が悪かったのって。たまんないよ、そういうの……。
雄介  大樹君!
叶内  ……はは、ごめんなさい雄介さん。
雄介  ここが君の居場所なら、それでいいんです。
叶内  最近、ゆか、来てます?
雄介  いや、先々週本の注文を受けて以来みかけませんね。
叶内  あいつの家、また父親が帰ってきたらしいんです。きっと、ゆかは来るに来れないんだと思います。
雄介  そうですか。
叶内  あいつの家も大変なんだな。もうずっと。
雄介  大樹君ならゆかのことをわかってあげられると思いますよ。
叶内  ゆかはそう思ってないと思います。孤高の人だから。
雄介  孤高の人?
叶内  こないだ読んだ本に書いてあったんです。孤高と、孤立と、孤独。孤立は、つながりたいのに孤独な、さびしい人間。孤高は、つながる気なんてはじめからなくて、孤独を選んだ強い人間。ゆかは、多分孤高の人だよ。
雄介  でも大樹くん、他人とつながらずに生きていける人なんていないでしょう。
叶内  ゆかは、僕に理解されようだなんて思ってない。僕は理解したい。僕は孤立で、ゆかは孤高なんだ。
雄介  大樹君は難しいことを考えることができるんですね。
叶内  でも雄介さんは前、難しいことを簡単なこととして考えることのできる人間が賢い人間だって言ってたじゃないですか。僕もそう思います。きっと、今の僕は馬鹿ですよ。
雄介  ……。
叶内  ゆか、来ないかな。
雄介  来ますよ。
叶内  え?
ゆか  こんにちは……叶内君も来てたんだ。
叶内  今日は大丈夫なの?
ゆか  本を取りに来ただけ。
雄介  届いていますよ。今持ってきます。

雄介退場

ゆか  弱虫。
叶内  うん。
ゆか  認めないでよ。
叶内  認めちゃうよ。
ゆか  あんなこと言われて、何にも言い返さないんだね。
叶内  あいつら怯えてるんだ。僕も兄貴と同じように、ある日突然キレるんじゃないかって。
ゆか  あの人たちも、弱虫よ。
叶内  ゆかに比べたら、ほとんどの人間は弱虫だよ。
ゆか  ……馬鹿みたい。

雄介登場

雄介  これでしたね?
ゆか  うん。ありがとう。これ、お金。
雄介  はい、ありがとうございます。
ゆか  じゃあ。
叶内  帰るの?
ゆか  早く帰ってあげなくちゃ、お母さんが死んじゃうから。
叶内  そうかもな。
雄介  大樹君!
ゆか  いいの、本当のことよ。
雄介  ……。
ゆか  じゃあね。
叶内 (ゆかの背中をたっぷり見送って)弱虫……。
雄介  どうしたんですか?
叶内  ううん。なんでも。ね、僕しばらく居ていいんですよね?
雄介  ええ、どうぞ。お茶でも入れてきます。

雄介退場
叶内、寝転ぶ

叶内  僕は弱虫。僕は、君みたいに強くなれない。君みたいに、あきらめることも、許すこともできない。

叶内  早百合、母さんや父さんを責めるなよ。兄貴がああなったのは二人のせいだけじゃないだろ?! お前まで自殺してやるとか言ったら、母さんただでさえ弱ってんのに今度こそ死んじまうかもしれないだろ?! これ以上追い詰めるなよ! ……え? 僕が? ……ああ、そうだよ、僕も悪い。誰も僕は悪くないなんて言ってないだろ! じゃあなんだよ、お前は悪くないのかよ! えぇ?! いつだって僕の背中に隠れて、父さんや母さんが殴られるの見てただろお前だって! 兄貴が怖かったんだろ?! だからだよ、僕たちが怯えてたから、僕たちが兄貴を理解しようとしなかったから、兄貴はああなったんだろ違うのか! えぇ?! 何とか言ってみろよ! 泣くな! お前に泣く権利なんてないんだよ!! ……ごめん、早百合ごめん。兄ちゃんが悪かった。ごめん、ごめんな。

叶内  ごめんな、早百合……なぁ兄貴、ちょっとはさ、考えなかったのかよ。僕たちがどうなるかとかさ。なぁ。なんで……なんで。

雄介  大樹君は、性格の優しい子でした。頭が良く高圧的な兄と、少しわがままで明るい妹と、どちらのことも大切にしていました。彼の兄……一樹君が起こしたあと、彼らの生活は変わった。いや、彼らの壊れた家庭が、修復のできないまでに傷を広げたのです。あの家族は周囲の非難を受け止められるほど強くはなかった。帰らなくなった父親、泣くだけの母、幼い妹。大樹君だけが、誰にも気持ちをぶつけることもできず、痛みを飲み込んでいました。それがどういうことか想像できるでしょうか。私には、その痛みを推し量ることは……できません。

叶内  雄介さん……すみません、こんな時間まで。
雄介  うなされていましたよ。
叶内  居眠りしちゃった。最近、あんま眠れてないから。
雄介  話したいことがあったら、いつでも、何でもいいので話してくださいね。
叶内  雄介さんって、教会の神父さんみたいですね。
雄介  そうですか?
叶内  人に話すと楽になることもあるけど、言葉にするだけで痛むこともあると思うんです、僕。
叶内  やっぱりなって、言われました。兄貴は頭が良くて、まじめで、優等生で、皮肉屋なところがあって、でも、家の中じゃ暴君だった。ああいう真面目なタイプほど、キレたら何するかわかんないもんなって。そういわれたんです。
雄介  まさか、君も……。
叶内  ……だから、きっと、僕もキレちゃうらしいです。兄貴があんなんなって、彼女もいなくて、童貞で、家庭崩壊しちゃってる僕は、近親相姦してキレて頭おかしくなって、最期には誰か殺しちゃうらしいです。そうなるものなんだって、そうなんなきゃいけないって、そんな雰囲気。
雄介  なんですか、その言い分は! なんてことだ、人を貶めるにも程がある!
作品名:Re;cry 作家名:barisa