上海lovers
柳 そうだったかしら、忘れてた。
藤沢 まあいいけど。……なぁ美鈴、留学した時ってさ、どんなだった?
柳 え? どんなって……。
藤沢 新しい場所でこれから一人で生活するわけだろ? 不安はなかった?
柳 不安……不安だったにきまってるじゃない。
藤沢 そうなんだ。
柳 そうよ。だけど寿々と安永君が私を演劇部に誘ってくれた。
藤沢 そういえばそうだったな。あいつら、1年のときからつるんでた。うるさかったよな。美鈴は最初から綺麗な日本語を喋ってたし。
柳 なに? 急に年取ったみたいよ?
藤沢 留学するんだ。
柳 え?
藤沢 今日はみんな遅いな。
柳 まって、はぐらかさないで、どういうこと?
藤沢 まだみんなには黙っててよ。
柳 こんな急に、どうして?
藤沢 短い間だけどさ、語学留学。
柳 どこに?
藤沢 アメリカ。ブロードウェイにどっぷり浸かってくるさ。
柳 なんで、ずっと黙ってたの?
藤沢 本当は出発の直前まで黙っているつもりだった。
柳 ……。
藤沢 そんな顔をしないでくれないか。みんな何があったんだって思うだろう。
柳 藤沢は勝手だよ。
藤沢 承知してるさ。さ、そろそろみんな来るだろ。
柳 顔洗ってくる。
藤沢 じゃ、稽古場空けておくよ。
柳と藤沢がはける
堀田が入ってくる
堀田 どういうことだ、今の。藤沢さんが留学って……いや、それより、柳さんは。
柳 堀田君? どうしたのそんなところでぼーっとして。
堀田 柳さん。
柳 おはよう。
堀田 俺、帰ります。
柳 え?
堀田 あ、えっと、今日はちょっと用事があって……あと、あの、脚本の、手直しでもしようかなって。
柳 手直し?
堀田 ええ、だから今日は来れないって、言いに来たんです。
柳 メールとかでも良かったのに。
堀田 いえ、あの、それじゃ。
堀田駆け出す
柳 堀田君……もしかして聞いてたのかな……まさかね。
柳 藤沢は勝手だよ。なんで、急に留学なんかするの? なんで、今、私に言ったりなんかするの? なんで、私を、置いて行ってしまうの?
柳がはける
堀田が出てくる
堀田 今まで気づかなかった。いや、気づいていた。気づかないフリをしていたんだ。君の隣に俺を描こうと、何度もキーボードに向かった。だけどだめだった。俺じゃないんだ。わかってたんだ。君が誰の事を見ているかなんて、最初から、わかってたんだ。
堀田 秀明は俺だった。けど、本当は違ってた。春蘭に恋焦がれて、それでも手に入らなくて、どうしようもなく苦しくて……。見つめる君を見つめる僕の、この気持ちがほんの少しでも君に伝わればいい。少しでも、君を応援できたらいい。だけど。苦しくて苦しくて、仕方ないんだ。
藤沢が入ってくる
堀田 君が見つめる先で笑っているのが、俺だったら良かったのに。
藤沢 「それなのに、春蘭、どうしてそいつなんだ」
堀田 手に入れたい、振り向かせたい。
藤沢 「どうしてもそいつが良いと言うなら、俺は」
堀田 他の何を犠牲にしても、君を手に入れたいと思っているんだ。
藤沢 「たとえそれが、憎しみしか生まないとしても」
堀田が出て行く
柳・田代・安永が入ってくる
田代 なんか切ないね。
藤沢 かなわない恋心か。
柳 九龍の一人台詞で、ガラッと雰囲気が変わるのね。
安永 ま、春蘭は俺のものだけどねー。
柳 ……こんな風に恋してたら、きっとすごく苦しいよね。
田代 苦しいんじゃない? だって、自分の恋する相手が目の前で違う人に恋してるんだもんね?
柳 そうよね。でもなんだかすごくリアルね。
田代 だからぁ。
柳 堀田君たら、意外とロマンチストなんだ。
田代 だめだ。全然気づいてないよ。
柳 なにが?
藤沢 さっきから何のことを言ってるんだ寿々?
田代 ……鈍感なやつは嫌いよ。
安永 それあなたが言います?
田代 何がよ。
安永 べつにぃ。
藤沢 今日も堀田君は来ないのかな?
安永 はぁ。なんか忙しそうにしてたけど。
柳 脚本、悩んでるんじゃない?
田代 あぁ、そうかも。だって、この前食堂で会ったけど、ずっと考え事してたもん。
藤沢 安永は何か聞いてないのか?
安永 どういう終わり方にするかってずっと言ってたのは知ってる。
田代 命短し恋せよ少年。
藤沢 え?
田代 なんでもない。さ、練習しよ?
安永 だな。あとはラストの脚本待ちだし。
柳 今できるのは、とにかく舞台そのものの完成度を上げることね。
田代と安永が出て行く
柳 藤沢。
藤沢 なに?
柳 ……なんでもない。
藤沢 ……なんだよ。
柳 秘密。
藤沢 感じ悪いな。
柳 時期が来たら必ず言うから、それまで、秘密。
藤沢 ……そうか。
柳 ええ。
藤沢 ……。
柳 ……先、行ってるね?
藤沢 ……ああ。
柳はける
藤沢 ……正直、しんどいな。なんで喋っちゃったかな。黙ってるつもりだったんだけど。留学は、もうずっと前から決めてたことだし、留学すること自体は、楽しみにしてるんだ。だけど、想定外だな。こんなに離れがたくなるなんて思ってなかったよ。俺もまだまだ……だな。
暗転
田代 あぁ、来た来た。こっちだよ。
堀田 ども。なんか久しぶりですね。
田代 それはあんたが来ないからでしょ。
堀田 すみません。
田代 脚本だって、いつの間にか部室にぽんと続きが置いてあるだけでさ。どうしたの? 演劇が嫌いになった?
堀田 いや、そんなんじゃないです。
田代 来づらくなった?
堀田 え?
田代 気づいちゃったんでしょう。美鈴の好きな人。
堀田 ……。
田代 ……ラストは決まった?
堀田 ……ええ。一応。
田代 聞かせて?
堀田 ……いつから、知ってたんですか? 俺が、その。
田代 美鈴を好きだったかって? やだ、最初からだよ? あんただだもれだったもん。
堀田 それ、美鈴さんは気づいてないですよね?
田代 うーん、残念ながら、あの子たぶん藤沢以外のことにそこまで興味を持って生きてないからね。気づいてないでしょ。
堀田 それならいいです。ずっと気づかないままでいいです。
田代 そ、あんたがそれでいいって言うんならいいけど。
堀田 寿々さんって、意外と優しいですね。
田代 意外とってどういうことよ。
堀田 いや、そうでもないか。安永から聞く寿々さんはこんな感じだ。
田代 待ってよ、安永があたしのなんの話をしてんのよ。
堀田 ひたすら可愛いって言ってますよ。あいつと喋ってると、半分が演劇の話で残りの半分のうち半分くらいが寿々さんの話で、あとの四分の一がそのほかの話なんです。
田代 安永って本当に馬鹿。
堀田 演劇馬鹿とはよく言われるそうです。
田代 ……間違ってないわね。それより、ラスト聞かせてよ。
堀田 わかりました。
堀田 ある日、秀明は庭に出て植木を植え始めたんです。
春蘭 秀明? なにをしているの?