上海lovers
堀田 名前も知らないのになんで小説書いてることは知ってんだよおかしいだろどう考えたって! ……満だよ、堀田満!
田代 満君。
堀田 堀田でいい。
田代 堀田。
堀田 呼び捨てですか。
田代 堀田でいいって。
堀田 言いました、言いましたよ。
藤沢 よろしく、堀田君。期待してるよ。
堀田 あなたは?
藤沢 あ、悪い。俺は部長の藤沢。こっちは副部長の柳と、そっちは田代。
田代 田代寿々。コトブキコトブキって書いて、寿々。おめでたいでしょ。
安永 頭の中もそうとうおめでたいお方です。
田代 安永ほどじゃないけどね。
柳 よろしくね。
堀田 よろしく……いや、待って、なんか雰囲気で俺が書くっぽく見えてるかもしんないけど俺まだ一っ言も言ってないからね?! 書くなんて言ってないからね?!
安永 いいじゃん、ひと夏の経験じゃん。
堀田 お前が言うとなんか別の意味に聞こえるからやめろ。
田代 やぁだー!
堀田 痛った!
藤沢 君面白いね。
堀田 壮絶に疲れる。
柳 完全になじんでるわよあなた。ねえ、脚本書いてよ。
堀田 だから俺は……!(ここで初めてまともに柳の顔を見る)
柳 ね?
堀田 ……。
田代 じゃ、よろしく!
安永 おおお! 書いてくれるのか!
堀田 (小さく)しょうがないだろ……。
藤沢 助かるよ!
堀田 なんかもう部室に連れてこられた時点で負けが決まったようなもんじゃないか! 完璧に外堀埋められてんだよ畜生、書けばいいんだろ、書けば! いいか、俺は素人だからな!
柳 期待してる。
堀田 なんでこんなことになったんだよ、もう……。
安永 俺カンフーがいい!
田代 大いなる陰謀の話とか!
堀田 あの、書けるかどうかわかりませんけど。
藤沢 書きながら役者の演技を見て物語を変えるのもありだよ。
柳 楽しければいいんだから。
堀田 そう言われましても。
田代 いいじゃない、あんたの台本、あたしも楽しみよ。
安永 俺カンフーがいい!
田代 うるさい。
藤沢 カンフーでもいいけど誰が殺陣をつけるんだ?
安永 俺。
田代 できんの?
安永 できない。
柳 ……そんな目で見たって無駄よ、私もカンフーなんてできないから!
安永 俺カンフーがいい。
田代 うるさい。
藤沢 堀田君が書く物語にまかせよう。そんなにカンフーがしたいなら安永、お前が書かなきゃだろう。
堀田 でも俺本当に書けるのかな。
柳 大丈夫よ。
堀田 ですかね。
安永 俺が保障する!
堀田 お前が? 俺の名前も知らなかったお前が。
田代 一緒にがんばろうね。
堀田 ……精一杯がんばってみるので、よろしくお願いします。
2.
堀田以外全員がはける
堀田 とはいえ……どんな話にしたらいいんだよ。一切思いつかない。
堀田、パソコンに向かう。一向に作業ははかどらない。
堀田 神様って……いるのかな。ほら、たまにあるんだよ、小説かいてるとさ、やばい俺、今神懸かってるってことがさぁ! あぁー、もう、どうしよう。寝て目が覚めたら書きあがってるってことないかなぁ。まあ、妖精さんが知らない間に話を書いてくれたのね! みたいな。……しっかりしろ、俺! あるわけないだろそんなことどう考えたって! あったら怖いよ! どんだけ現実逃避をしてるんだ俺ー!
せりふの途中から柳が入ってくる
柳 悩んでるみたいね。
堀田 柳さん。
柳 はい、飲む?
堀田 どうも……。
柳 どういたしまして。
堀田 やっぱ俺には無理なんですかね、脚本なんて。
柳 今は書きたいことが見つからないだけでしょ? 焦ることないんじゃないの?
堀田 そういわれましても。……柳さん、中国の方なんですってね。
柳 そう。ハーフなんだけどね。父は中国で、母は日本人。私の国籍は中国。
堀田 複雑ですね。
柳 単純でしょう。
堀田 中国のどちらなんですか?
柳 上海よ。
堀田 大都会じゃないですか。なんで日本に?
柳 母の国を見たかったの。あと、祖母の勧めがあって。
堀田 へえ、おばあさんの。なんか意外な気もするなぁ。だって、おばあさん世代の方って日本のこと嫌いなイメージあるんですけど。
柳 そうね、だけど私の祖母は日本人の恋人がいたらしいの。だから日本には特別な思い入れがあるみたいよ。
堀田 日本人の恋人? どういう経緯で?
柳 さぁ、あんまり詳しくは聞いたことないけど……。でも、新聞記者だったらしいし、きっと上海の日本人街とかに住んでた人じゃないかしら。ほら、阿片戦争が終わったころからは中国……そうね、ちょうど清王朝の、西太后の頃よ。国のそこかしこが日本とかヨーロッパとかの租地だったから。
堀田 上海は確か、イギリスでしたね。
柳 そうそう。だからあの辺は、本当に西洋じみた街並みなのよ。
堀田 上海、で、敵国同士なのに恋に落ちた、二人。
柳 ロミオとジュリエットみたいでしょう。
堀田 ……上海……上海lovers。
柳 え?
堀田 その話、もっと詳しく聞かせてください!
柳 いいけど、どうしたの?
堀田 書けそうです!
柳 え?
堀田 そのとき、俺の頭の中にひとつの単語がきらめいた。上海lovers。彼女の話を聞きながら、俺の中で何かが音を立てて動き出した。上海loversという物語が、急速にその形を現そうとしていた。
柳退場
堀田 舞台は第二次世界大戦直後の上海。治安は乱れに乱れ、この街は各国のマフィアが利権争いを繰り広げる暗黒街と化した。そこに生きるある一人の男―――
安永/秀明入場
秀明 俺は王(おう)秀明(しゅうめい)。本名柏木(かしわぎ)秀明(ひであき)。ここで本名を偽り、中国人として暮らしている。なんで日本に帰らなかったかって? そんなの簡単、引き上げに間に合わなかったからだ。もう腹を決めるしかない。俺は中国人になるんだ。幸い、これだけ街が混乱してれば身分を偽ることなんて簡単だしな。小説でも書いて、細々生きていくさ。おっと、まずい! 悠長に話してる場合じゃないんだ! じゃあ、この辺で!
堀田 「もう鬼ごっこは終わりか? さあ、その荷物を渡してもらおうか」
秀明 だから大した物は持ってないんだって!
堀田 「そんなにでかいかばん抱えてりゃ、だれだって何か持ってるって思うだろうよ」
秀明 だから……!
堀田 「大人しく全部置いていきやがれ!」
女 待ちな!
柳/春(しゅん)蘭(らん)が駆け込んでくる
春蘭 こんなところで追いはぎ? いい趣味ね!
秀明 君は……?
春蘭 あたしは春蘭。さあ、怪我したくなかったら大人しくひきさがりな。
堀田 「久しぶりじゃないか春蘭、相変わらずおてんばが過ぎるみたいだな」
春蘭、何人かをなぎ倒す
春蘭 久しぶりね? あんた今までただの一度もあたしに喧嘩で勝った事ないけど、どうする? 今日も無謀な挑戦してみる?
堀田 「ちっ……覚えてろ!」