空のくじら
宮古 こんな発明品持ってたら歴史変えたくなっちゃいません? あの時ああしていれば、こう
していたら、なんてさ。
博士 最もとるに足らない考えだな。
宮古 博士はそう言いますけど。考えちゃうのが人情でしょ。
博士 まぁ、考えることを否定はするまい。だがそこまでだ。
宮古 そうですか。そっか、博士はそうかもしれませんね。
博士 今日はやけに絡むな。
宮古 別に絡んでなんかいません。けど……。
博士 なんだ。過去に返ってやり直したいことがあるのか?
宮古 ……いいえ。やり直したいのは私じゃないんです。
博士 やめておけ、どうせ何もできまい。
宮古 ……そうですね……博士。
長めの暗転
鳥の鳴き声など、早朝を演出する音
薄明かりの中宮古が立っている
ベッドに横たわる深雪
男(医師)が静かに看取り立ち去る
博士が深雪の手を握り俯いている
宮古 あの日、夜明け前の薄暗い空がまるで深海の色に見えた。一つの大きな雲が漂っていて、
それがあの人にダブって見えた。悠然と泳ぐ、寂しいクジラ。
宮古 深雪さん……。
博士 ……宮古君か。
そのまま立ち尽くす宮古
博士 深雪……宮古君が君に会いに来たよ。君は宮古君がお気に入りだったからなぁ。嬉しいだ
ろう?
宮古 博士……博士!
博士 間に合わなかった。
宮古 ……。
博士 悪かったな深雪。君を救うことができなかったよ。もう少しだったんだがなぁ……もう少
しだったんだ。
宮古 ……博士……空に、くじらが泳いでいます。
博士 ……そうか。
宮古 ……はい。
暗転
男 で、探してた青山ってのはこの人?
青山 博士……! 宮古さん……!
男 ほらこれでもういいでしょ?! 頼むからもう関わんないでくれよ特にあのひと、自分の
こと時々拙者って呼んじゃう人! あの人と一緒に歩いてると変な眼で見られんだよ!
幼稚園児みたいな質問してくるしさぁ! なんだよ、電車がどうやって動いてんのかとか
知らねーよ!
宮古 あなたも苦労したのね……。
博士 御苦労。退出を許可する。
青山 宮古さぁぁん!
宮古 うるさいわね! あんたと感動の再会を演じる気はないのよ!
青山 こっちだってありませんよ、なんなら恨みごとばっかりですよ!
政子 宮古さん言われてたもの……ひっ、片江さん。どうしたんですか、いつものあのこ汚い着
物は。
青山 ……どちらさま?
政子 ……はい?
宮古 ああここ初対面だったわね。青山君、ごあいさつ。
政子 青山? この人が?!
青山 どーも、青山です。
宮古 口癖は面倒くさい、基本的に生きることすべてにおいて面倒くさいっていう男よ。
政子 人としてそれはどうかと思う。
宮古 全く同感だわ。
青山 あんたたちは倫理的にみてどうかですよ! 俺置いてかれてましたよね! どんだけ面
倒くさかったかわかりますか?!
宮古 あんたの面倒くささなんて知ったこっちゃないのよ! こっちだって面倒な思いして回
収に来てやったんだからね。
青山 酷い、酷いです宮古さん! ちょ、博士もなに他人事みたいな顔してんですか!
博士 あ……すまん、聞いていなかった。
青山 あんたら最低だよ……。
宮古 さ、皆揃ったことだし、作業再開ね!
青山 しかも流された。
政子 じゃあ、よろしくね。
青山 はい、まあ、どうぞよろしく。でもここでは俺の方が先輩なんで!
宮古 変な縄張り意識発揮してんじゃないわよ。
青山 ……このやり場のない感情をどこにやったら良いんだろう。
博士 ふむ、ロジカルだな。
青山 誰が言葉遊びをしていますか!
政子 なんだかよくわかんないけど、あなたも苦労してんのね。
青山 わかってくれます?!
宮古 意気投合してんじゃない。ほら、作業作業! 博士、この期に及んで散歩したいとか考え
てませんね?
博士 か……考えてない。
宮古 それは良かった。博士はこちらでプログラムの組み直しですよ?
博士 わかっている。私に指図するな。
宮古 はいはい、良い子ですねー。
博士 離せ、後ろ襟はつかむな!
宮古 じゃあ離しますけど逃げませんね?
博士 逃げるわけないだろう、逃げる……逃げるが勝ちっ!
宮古 あっ! あの馬鹿博士ー!
青山 博士って気分屋ですよね。
宮古 ……いいえ、気分じゃないのよ。
青山 は?
宮古 博士は意味のないものに執着しない。博士には博士の理由があって、物語があるのよ。
青山 でも博士は自分でタイムマシーンに意味なんてないって言ってましたよ。
宮古 大勢の人のための理由じゃなくて……博士にとってだけの理由があるんじゃないかしら。
とても……とても個人的な理由が。
青山 そうは見えないっすけどね。
宮古 そうね……私も、そうだったわね。さぁ、あの馬鹿の分もこっちでやるわよ。
青山 はーい。
工具を取り出し作業的な風景。
途中で青山が何気なく薬を宮古に渡す。
宮古、しばし考え駆けだす。
青山 あんた、名前は?
政子 都筑政子。大学院でロボット工学をやってるの。
青山 ふぅん、だから妙に手際がいいのか。
政子 そこらへんの男より機械に強いからねぇ昔から。
青山 なるほどな。
政子 おかげでこの歳でまだ一人。
青山 彼氏は?
政子 いない生活に慣れちゃった。だってパソコン自作するような女よ? もう男が寄りつかな
いったら。
青山 そんなもん?
政子 そんなもんそんなもん。それに、慣れちゃってるからどこだって一人で入っちゃう。それ
でね、お店とかに入ると聞かれるじゃない、おひとり様ですか? って。一人だよ見りゃ
わかるでしょ、ここにもう一人見えてんのって聞きたくなっちゃう。でも気楽でいいもの
ね、おひとりさまってのも。もうファミレスもラーメン屋も焼き肉もカラオケも一人で入
っちゃう。
青山 ……そのフレーズなんか聞いたことある。
政子 うん。私も言ったことある気がする。
青山 しかし初めは宇宙人だのなんだのって……。
政子 それは趣味。てゆーか違うわね。もともとSFが好きで、勢いで科学とかに興味持っちゃ
って……。
青山 それで機械工学?
政子 ポケットから何でも取り出せる、未来の猫型ロボットを作りたくってね!
青山 ……はぁ……?
政子 何でもない。けど、SFに興味持ったのは別の理由かなぁ。
青山 別?
政子 うちのご先祖様がね、昔タイムマシーンで未来を旅したって日記を残してたの。
青山 ……え。
政子 それでか知らないけど家の家系にはSF好きが多くて。科学や機械に強いのも家系かなぁ。
青山 へぇ。
政子 でも、今目の前にあるのがタイムマシーンだなんて、ドキドキしちゃう。触れるのよ! す
ごいと思わない?
青山 いや、別に。
政子 つまんないわねー。でも、二度とないチャンスだもの、できるだけのこと吸収するわ。自