空のくじら
博士 出て行きたまえ。我々は未来へ戻るのだ。
片江 ……そうであったな。残念だ。未来の話、聞きたかった。
博士 ならば生きることだな。子や孫が生きる時代のためにも。
宮古 じゃ、おまさちゃんによろしく。
片江 そなたらも無事でな。
片江退出
宮古 博士、行きますよ。
博士 ああ。
光の明滅。音。
突然エラーサイン
エマージェンシー点灯
宮古 えっ、何、何っ?!
博士 何が起きてる宮古君!
宮古 わかりません!
博士 今の座標は!
宮古 エラーです!
博士 最悪時空のひずみに飲み込まれておしまいだぞ!
宮古 いいや意地でも平成まで抜けてやる!
博士 おそらく機体の損傷だ、持てばいいが……!
宮古 青山の馬鹿―――――!
爆音
宮古 ……はかせ。
博士 ……う、……ん?
宮古 生きてますか……?
博士 君も、生きているようだな……。
宮古 怪我は?
博士 腰が……。
宮古 またかい。
博士 ここは……
宮古 さぁ……。
男通りかかる
見て見ぬふりをしようか助けようか逡巡、見て見ぬふりをしようと去る、直前
博士 君。君だよ君。今日は何年何月何日何時何分何秒だね。
男 きょ、今日は平成O年O月O日O時O分……秒? 秒っ?
宮古 よかったぁぁぁぁぁ。
博士 よろしい。君への要件は以上だ。退出を許可する。君は今起こった出来事をただちに忘れ、
なかったことにすればよいのだ。
男 良いんですね?! なかったことにしていいんですね?!
男駆けだす
博士 そんなに嬉しかったのか……。まあいい。宮古君。いつまでも地べたに這いつくばってい
ても仕方があるまい。
宮古 そうですね。(起き上がる)
博士 うむ。(起き上がれない)
宮古 博士?
博士 うむ。
宮古 ……助けがいるならそう言ってください。(起こす)
博士 ……うむ。
片江(裏から) うわぁぁぁぁぁぁぁ!
宮古 何今の悲鳴! 博士また!?
博士 ここにいる。
宮古 あそっか、でもじゃあなんで……。
片江 (こけつまろびつ)な、なんだここは……!
博士・宮古 はぁ―――――?!
片江 (声に驚き)わぁぁぁぁぁぁぁぁ!
宮古 なんであんたがここにいんのぉ?!
片江 そ、そなたたちこそ、何故っ、いや、違う、拙者、拙者は……!
宮古 ここは誰私はどこ!
博士 宮古君。
片江 もしや俺は未来に来てしまったのか!
宮古 うん。
片江 いや、それよりも戻れるのか!
博士 それは分からん。宮古君。
宮古 はい。機体の確認を……しますけど、必要ですか?
博士 うむ、一応な。
宮古 あの、あれですよね? 向こうにある一固まりの鉄くず。
博士 ……うむ。
片江 帰れぬではないか……!
宮古 あーでも、青山君が見つかればなんとかなるかも知れないわよっ?
片江 その青山とやらはどこにいる! 私を指さすな!
宮古 まあいいわ、確認してきます。
片江 私はどうしたらいいのだ……おまさ……おまさぁぁぁぁぁぁぁ。
博士 そんなにあの時代に戻りたいか。
片江 あたりまえでしょう、おまさに会わずに死ぬわけにはいかぬ。
博士 ……仕方ない。とはいえタイムマシーンはこのありさまだ。今すぐというわけにはいかな
いな。
片江 できることであればなんでもいたす!
博士 あんたに何ができるというのかね。
政子 (裏から)すっごい音と光だったわ、絶対何かあるわよ。わぁ……なにこれ、テロじゃない
わよね……! やった、UFOね!
博士 誰だね。
政子 えっ、人がいるの?!
博士 なんだね君は。私のファンかね。
政子 わぁぁ誰ですかあなた! まさかっ、テロリスト……宇宙人?!
片江 おまさ。
政子 は
片江 おまさぁぁぁぁぁ!
政子 ぎゃああ何この人いやぁぁぁぁぁ!
博士 なんだ知り合いか。
政子 ちがいますっ! はーなーしーてーこのド変態!
片江 おまさ、おまさっ! 会いたかったおまさ! よもやお前も一緒に来ていたとは!
政子 なんなのよあんた! おまさって誰! 人違いだってば、あたしは政子! 都筑政子って
名前なんだからっ!
片江 都筑? おまさは三笠では……もしや、おまさ嫁に!?
政子 ちがうったら、いいから離して! はなせー!!!
片江 おまさ……俺のことが……嫌いか?
政子 好きになるわけないでしょ!
片江 ……!!! なんと……そうか……そうだったか……いや、所詮身分違いの恋、過ぎた望み
だった。
政子 はぁ? あんた何言ってんの?
片江 いや! もう何も申すな! おまさ、この恋が叶わぬとも、俺はこの世に生まれそなたに
めぐり合うことができただけで幸せであった。この人生に一片の悔いもない。おまさも、
俺のことは忘れ己の人生を幸福に生きてくれよ。
政子 ……はぁ。
片江 博士殿!
博士 なんだね。もう終わったのかね。
片江 上様にささげるこの命、拙者の一存で捨てることは叶わぬが……こうしてこの世にたどり
着いたのも一つの縁。拙者、この時代に生きこの時代に死ぬ運命と悟り申した。おまさへ
の女々しい慕情は捨て、これからはこの時代の人間として、生まれ変わる所存にござる!
政子 ……なんなのあんた。
博士 それは一向にかまわんが……その女、お前の思う女とは別人だと思うが。
片江 は?
宮古 博士ー! うわ、何これ誰!
政子 テロリストの仲間っ? 巣窟っ?!
宮古 誰がテロリストよめったなこと言わないで!
政子 じゃあやっぱり宇宙人!
宮古 ……もーいいわ疲れる。博士、だめですやっぱり全然動きそうもありません。ただのスプ
ラッタ。
政子 スプラッタって……向こうにあった材質判らないけど多分金属っぽいあの山のこと?
宮古 え、見たの?
政子 見た見た。
博士 この時代にはあれはまだないからな。
政子 この時代って……。
宮古 あー……えっとぉ。まあでも平成の人間は江戸よりは順応性あるか……えっと。私たちは
未来から来ました。
片江 私は過去だが。
宮古 わけあってタイムスリップしているときにここ不時着しちゃったわけ。しかも着地失敗、
機体は大破。状況は八方ふさがりよ。だから私たちはテロリストじゃないし、未確認飛行
物体にのった宇宙人でもない。
政子 ……嘘、ついてるんじゃないのよね?
博士 君に嘘をついて一体何の得になると言うのかね。
政子 や―――ん本当?! すごいすごい! こんなことってあるのね!
三人 ……はい?
政子 感動しちゃう!
宮古 あの、もしもし?
政子 はいはい。
宮古 どうしたの急に。
政子 やっぱり未来には時空移動装置があるのね? 開発されてるのね?! そんな素晴らしい
ことってないわ!
博士 もしや君もドラえもんとやらの発明を……。
片江 ちょっと待て、その前に聞きたい。そなた、おまさではないのか?