空のくじら
片江 二人とも落ち着きなされ!(がたがたしている)
宮古 ……うん……あなたもね。
博士 では、行くぞ!
宮古 はい!
光の明滅と音
タイムスリップ
片江 ……ここは……
男が通りかかる
男 おや、旦那じゃねぇか。なんだい、今日は旦那が人待ちかい。
片江 ……江戸、か……?
博士 宮古君。
宮古 1725年旧暦の6月10日。あの日から約2週間のずれですね。
博士 ちょうどとはいかなかったか。
片江 おまさは……おまさはどうした?
男 ありゃ、待ち合わせじゃなかったんで? でもおまさちゃん、店にはいなかったが……。
そんなことより旦那、おまさちゃんが大変なことになってますぜ。
片江 なんだ、大変なこととは。
男 縁談でさぁ。相手は摂津(せっつ)一の卸売(おろしうり)問屋(どんや)。大阪のほうでも幅利かせてる大商人の長男坊さ。
片江 なに?!
男 おまさちゃん、健気に断ってるって聞いたが……まだ噂だから旦那は知らないだろうと思
ってよ。
片江 まさか……おまさ!
おまさ ……え……旦那? 旦那ぁ!
片江 おまさ!
男 おっと、お邪魔はこれで退散退散っと。
おまさ 旦那ったらどこに行ってたのさ! お客さんに聞いたけど、しばらくお城にも上がってな
かったんだって?! あたし、あたし心配で心配で……!
片江 おまさ! 会いたかった……!
おまさ 旦那……?
片江 おまさ、大事な話があるんだ。
おまさ あたしも、旦那に、大事な話が……。
片江 おまさ、聞きなさい。
おまさ はい。
片江 俺は家禄も低いし、次男坊だし、大した器の人間でもない。
おまさ ……そんなことないわ、旦那。
片江 おまさ、そんな俺でも、ついてきてくれるかい。
おまさ 旦那、それって……。
片江 俺と夫婦になってくれないか。一生幸せにするから。他の男になんか嫁ぐんじゃねぇ!
おまさ 旦那ぁ! あたし、あたしね、縁談があってね、でも断ったよ、旦那。旦那はちゃんと帰
ってくるって信じて待ってたよ! 着物だって、ほら、誂えて……!
片江 おまさ!
おまさ 旦那!
宮古 やれやれ、ごちそうさま……。
博士 まぁ一安心と言ったところか……。
宮古 ええ……ん? 博士、これ、もしかして動いてません?
博士 なに? ……本当だ。
宮古 ちょっと、このパターンまずくない?!
博士 急ごしらえすぎたか……!
光の明滅と音
宮古 青山君、乗ってる!?
青山 乗ってます!
博士 だめだ、飛ぶぞ―――――!
爆音
宮古 痛……頭打った……博士、博士っ?!
博士がゆっくり起き上がり周囲を確認。
何か思い当たる。
博士 ここは……?
博士、急いでタイムマシンの設定時刻を確認する。
博士 2146年6月4日……GPSは! まさか……。
宮古 博士?
博士 ……深雪の、病院か……?
宮古 え?
博士 まだ……死んでない。
宮古 ……深雪さん、いるの? 生きているの? 博士待ってください、博士っ!
博士 何かね!
宮古 だめです博士。
博士 一体何を―――
宮古 ポケット! 私知ってるんです。
博士 ……
宮古 それ、薬ですよね? 完成した薬ですよね?
博士 ……そうだ。
宮古 歴史を、変えるつもりですか?
博士 ……君に、何がわかる。
宮古 わかります……わかるんです博士……!
博士 ……私は孤独だった。空は広く私は小さかった! 深雪だけは……失いたくなかったんだ。
宮古 分かります、私も同じでした。
博士 何が分かるというのかね! 私の何が! 間に合わないと知っていた! それでも作っ
た! それでも……作ったんだ……!
宮古 博士!
博士駆けだす。ややあって、宮古追う。
男(医師)に伴われ深雪登場。
男 お大事に。
深雪 ありがとうございました。
男 くれぐれも無理はしないように。
深雪 はい。
男 失礼します。
宮古 (裏から)博士だめです!
博士登場。
博士 ……深雪。
宮古 (飛び込む)博士っ! 博士、あたし嫌です! 最後まで……最後まで尊敬できる博士でい
てください……!
博士 ……深雪これを、
宮古 博士!
深雪 ……どこかで、お会いしたかしら? ……もしかして、あな―――
博士 ……、いや……申し訳ない。部屋を……間違えてしまったようです……。
深雪 ……まぁ……そうでしたか。
博士 失礼しました……おだいじに。
深雪 はい。……。
宮古 ……失礼しました。
深雪 ねぇ……待って。
宮古 (振り向かずに)はい。
深雪 あなた、もしかしてあの人のこと好きなの?
宮古 ……!
深雪 やっぱりそうなのね。でも……、なかなか手ごわいわね。私の知ってる人に良く似てる。
宮古 ……そう、ですか。
深雪 意固地で頑固でこっちの言うことひとっつも聞かなくて……でも、本当は臆病で、一人に
なるのが怖くて。
宮古 ……。
深雪 寂しい、目をしてた。
宮古 ひとりになってしまったんです。
深雪 そう……私の知っている人も、もしかしたら、あんな寂しい目をするのかしら。
宮古 ……。
深雪 ねぇ、お願いがあるの。
宮古 え?
深雪 とっても自分勝手なお願い。
宮古 なんですか?
深雪 あなたは……ううん。あなたが、ずっと、あの人の傍に付いていて。
宮古 そんな……!
深雪 なんだか、あの人のことが他人だと思えないの。ねぇ、お願い。
宮古 ……本当に、じぶんかって、ですね。
深雪 ……そうよね、ごめんなさい。
宮古 ……本当は、私よりも傍に付いていてほしい人がいたんです。でも、その人は、遠くに行
っちゃって。
深雪 そう。
宮古 私じゃだめなんだなーって、思い知らされるんです。
深雪 そう。
宮古 でも……私より、置いて行かなきゃいけなかった人の方が辛いんだって知っていたから。
深雪 ……耐えていたのね。
宮古 ……はい……。
深雪 じゃあ、もう我慢しないで。
宮古 ……え?
深雪 自由に人を愛してごらんなさい。
宮古 ……
深雪 ああいう人はね、本当に周りから人がいなくなったら息絶えちゃうのよ。だから、誰かが
絶対傍にいたほうがいいわ。
宮古 私で……いいんですか?
深雪 いいに決まってるじゃない。あなたしか……あなたにしか、できないことよ。
宮古 でも。
深雪 誰に許可がいることでもないじゃない。
宮古 私……
深雪 不器用な人ね。わかったわ。自由にあの人を愛することを許可します。傍についていてあ
げなさい。
宮古 あなたから……あなたから、許してほしかったんです。
深雪 ……。
宮古 ありがとうございました。
深雪 いいえ。
宮古 失礼します。
宮古退場。
深雪 ごめんね……がんばってね―――宮古ちゃん。
博士登場
薬を握りしめる。
しばしあって宮古。
宮古 博士……。