私に還る日
それは、銀細工の宝石箱とシックな模様のスカーフの間に半ば隠れるような感じで、そこにあった。まさに一目見たときからという表現がぴったりの出逢いだった。暖野はその懐中時計を見つけたとき、まるで雷に撃たれでもしたかのような衝撃を受けた。そして、その場から動くことすらできなくなってしまったのだった。
どれくらい経ったのだろう。そうたいした時間ではなかったのかも知れないが、暖野にはとてつもなく長い時間のようにも感じられた。彼女が我に返ったのは、誰かの気配でだった。
いつの間にか店の主人が彼女のそばに立っていた。
「見つけたんだね」
主人というよりも、喫茶店のマスター。その中年の男は、なぜかそんな言い方をした。
「これ……幾らなんですか?」
「買うの?」
うわずったような声で訊いた暖野に、マスターは聞き返した。
暖野は頷いた。このとき暖野は、これが法外な値段かも知れないなどとは考えもしなかった。ただ反射的に頷いてしまっていた。
「3500円」
マスターが言った。
「え?」
あまりの値段に、暖野は自分の耳を疑った。「そんなに……」
そんなに安くでいいんですか? そう言おうとして暖野は言葉に詰まった。
「どうしてだか、その時計は例外的に安かったからね。刻印が摩り切れてしまっているからなのか、向こうではたいした価値がないと思われたからなのかは知らないけれど。とにかく安くで買ったものを必要以上に高く売りつけるつもりはないよ」
「ちょっとよく見せてもらってもいいですか?」
雑多な品物の間からその時計を取り上げたマスターに、暖野は訊いた。
「ん? ああ、そうだろうね」
そう言って、マスターは暖野に時計を手渡した。
どれくらい経ったのだろう。そうたいした時間ではなかったのかも知れないが、暖野にはとてつもなく長い時間のようにも感じられた。彼女が我に返ったのは、誰かの気配でだった。
いつの間にか店の主人が彼女のそばに立っていた。
「見つけたんだね」
主人というよりも、喫茶店のマスター。その中年の男は、なぜかそんな言い方をした。
「これ……幾らなんですか?」
「買うの?」
うわずったような声で訊いた暖野に、マスターは聞き返した。
暖野は頷いた。このとき暖野は、これが法外な値段かも知れないなどとは考えもしなかった。ただ反射的に頷いてしまっていた。
「3500円」
マスターが言った。
「え?」
あまりの値段に、暖野は自分の耳を疑った。「そんなに……」
そんなに安くでいいんですか? そう言おうとして暖野は言葉に詰まった。
「どうしてだか、その時計は例外的に安かったからね。刻印が摩り切れてしまっているからなのか、向こうではたいした価値がないと思われたからなのかは知らないけれど。とにかく安くで買ったものを必要以上に高く売りつけるつもりはないよ」
「ちょっとよく見せてもらってもいいですか?」
雑多な品物の間からその時計を取り上げたマスターに、暖野は訊いた。
「ん? ああ、そうだろうね」
そう言って、マスターは暖野に時計を手渡した。