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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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私に還る日

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 ルクソールは、二人が待ち合わせにいつも使う店である。いつもとは言っても、知ったのはこの夏のことだから、そう何度も来ているわけでもないのだが。
 空になったカップを見るともなしに見る。本当は紅茶と一緒にケーキも頼もうかと思ったのだが、宏美が来るまで待とうと我慢したのだ。べつに二度食べてもいいようなものだが、そんなことをしたら太ってしまうとの思いが、彼女を辛うじて踏みとどまらせた。
 一度は読みかけの文庫本を出しては見たものの、喫茶店で読書をするということに慣れていないせいか落ち着かず、結局また閉じてしまった。
 電車の中では平気なのに、こんな静かな店内で集中できないのも変なものだと思った。
 暖野はしばらく外を眺めやって宏美がまだ来そうにないのを確かめると、思い切ったように立ち上がった。
 ルクソールは小さいながらもアンティークショップもやっている。店の雰囲気からしてどうやらそちらの方が本業らしかった。店の主人もよくカウンターの上で何かをいじくり回したりしている。ただ、この店に暖野たち以外の客がいたことは今まで一度もなかった。
 主人は今、姿が見えなかった。さっきまではカウンターの向こうにいたはずなのだが。
 暖野は店の奥へ足を向けた。荷物はそのまま置いてあるので、勝手に帰ったとは思われないだろう。
 正真正銘のアンティークショップには、いくらなんでも入りづらいものがある。しかし暖野はこういう時代がかったものが元来好きな性質(たち)だった。何十年、もしかすると何百年もの時を経てきたもの達は、それなりの存在感をもっている。匂い、雰囲気――いや、それ以上の、言葉では表せないような何かをもってしまったもの達。暖野はそれらを見ているとき、なぜかしら温かさのようなものを感じるのだった。
 そう大きな店でもないので、店内の半分を占めるアンティークコーナーも小さい。そんな場所にやたらと多くのものを詰め込んであるため、見た目にも狭っ苦しかった。喫茶コーナーからはコの字型の通路で一巡できるようになっているが、その通路すら人ひとりがようやく通れるくらいの幅しかなかった。
 象嵌の施されたオルガンやチェスト、脚のねじくれた椅子などが所狭しと押し込まれ、まるで秩序のない屋根裏の物置のような様相を呈している。奥にある大きなものを買いたいという人が現れたら、いったいどうやってそれを運び出すのだろうと訝しくなるほどだ。
 だが、この無秩序さも暖野には好ましく感じられた。どこかに素晴らしいものが埋もれているかも知れない屋根裏部屋。ひょっとしたら宝の地図が――まぁ、そんなことはないにしても、暖野にとってここは宝の山そのもののようにさえ思えるのだった。
 大きなものの上にはクロスやスカーフがかけてあり、さらにその上には小物類が並べてられている。値札などないため、そららがいったい幾らするのかなど見当もつかない。そんなものに手を触れてみる勇気など、暖野にはなかった。ただその前に顔を近づけ、できるだけ子細に鑑賞するだけだった。
 暖野は骨董品の放つ雰囲気を堪能しながら、ゆっくりと歩いていった。しかし、通路を半周もしないうちに、その足取りは停まってしまった。
作品名:私に還る日 作家名:泉絵師 遙夏