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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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私に還る日

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 日中の光景を知らない暖野は、月の湖が昼間にどう見えるかは知るよしもなかった。だが、マルカが海を知らないということだけは分かった。これまで専ら訊く方だった暖野は、問いに的確に応えることがいかに難しいかを覚ったのだった。
「まあ、水の中に葉っぱが浮いてるって感じかな……」
 あまりに真剣な表情のマルカに、暖野はわざとおどけてみせた。
「どこの世界も、そんなに安定していないということなんですね……」
 暖野の思いとは裏腹に、マルカは却って沈んだ表情になった。
「そ、そんなつもりじゃ……」
 暖野は慌てて取り繕った。
「ですが――」
「喩えよ、喩え。本当は浮かんでるんじゃなくって、海の底で全部繋がってるんだから」
 それは嘘ではなかったが、先の言葉も嘘とは言い難かった。陸地は静止しているのではなく、マントルの上を絶えず異動しているのだから。
 だが今は、そんなことを説明している場合ではなかった。
「あの橋は?」
 とにかく話題を変えようと、視線の先に見えるものについてマルカに訊ねた。
 歩道は左へ曲がりきると、今度は右へとカーブし始める。半径がかなり大きいため急な曲り方ではないが、その分距離がある。遊歩道はそのカーブの途中で終わっているようで、その向こうには長大な橋が架かっていた。
「ああ、あの橋ですか」
 マルカは暖野の視線の先に目を転じて言った。「あれは鉄道橋ですよ」
 二人はその橋よりかなり手前にある船着き場にいた。先ほどと違ってすぐにそれと気づいたのは、入口のゲートと河へと延びた桟橋があったからだ。
「あの橋は人も通れるんですが車は通れません。だから車はここから渡し船で向こう岸へ渡ったんです」
 そうか、ここには電車だけではなく車もあったんだ――
 暖野は思った。マルカの言う車が果たして暖野の思っているようなものであるかどうかは分からなかったが。
 彼の言葉を裏付けるように、対岸にも小さな灯りが見える。きっとあそこまで行っていたのだろう。
「どうします? もう少しここを歩きますか?」
 マルカが訊いた。
「あなたに任せるわ。どうせ私には分からないもの」
「じゃあ、上がりましょう」
 二人は街へ上がる広いスロープの脇の階段を上がった。
 誰もいないのだから堂々と道の真ん中を歩いても良さそうなものだが、二人はこれまでずっと歩道のあるところではそこを選んできた。
作品名:私に還る日 作家名:泉絵師 遙夏