私に還る日
遊歩道の川岸には金属製の柵が続いている。それらの幾つかは何故か蝶番があり開閉式になっていて、一部は実際に開いていた。
こんなのじゃ、転落防止の役に立たないだろうに――
「ここは、港でもあるんですよ」
暖野の質問に応えて、マルカは上を振り仰いだ。「見てください」
言われたとおり見上げてみると、確かにクレーンらしきものが見える。だがそれは港湾施設や工事現場にあるような巨大なものではなく、ごく小さなものだった。
言われてみて初めて納得できるほど、ささやかな港だった。街が生きていたときにはもっと活気があったのかも知れないが、夜の、それも人の気配の絶えた姿からは想像もつかなかった。
「ここからは、どこへ行くことができたのかしら……」
大きな船だろうか、それとも小さな観光船くらいのものだろうか――
もっともクレーンがあるということは、少なくとも貨物の積み込みが行われていたのだろうから、見た目ほどには小規模ではないのかも知れなかった。
「月の湖の方へ行く連絡船が出ていたと聞いています」
マルカが言う。「私は知りませんが、ずっと南の方、海と呼ばれるもっと大きな湖への出口のある所まで行っていたらしいです」
「海? ここにも海はあるのね?」
暖野は訊いた。しかしマルカの口ぶりからは、彼が海と湖との区別も知らないだろうことが伺われた。
「ノンノは、海を知っているのですか?」
「ええ、もちろんよ」
暖野は応えた。
「湖とは、どう違うのですか? 私は、この湖よりも大きいということくらいしか知らないんです」
あらためて海とは何かを問われると、どう説明してよいものか返答に困るものである。湖は陸に囲まれていて、海は陸を囲んでいるとでも言えばいいのだろうか。しかし世界には陸に囲まれた海も存在している。かと言って淡水か塩水かでも区別できるものではない。
「私は――」
暖野は言った。「ここの湖がどれだけ大きいのかは知らないけど、少なくとももっと大きい湖みたいな――ううん、この世界そのものを囲うほどの水の広がりがあるのよ、きっと。私の世界では、世界のほとんどは海で、陸地は全部それに囲まれているのよ」
「世界を囲うほどの湖ですか……」
マルカが遠い目をする。
こんなのじゃ、転落防止の役に立たないだろうに――
「ここは、港でもあるんですよ」
暖野の質問に応えて、マルカは上を振り仰いだ。「見てください」
言われたとおり見上げてみると、確かにクレーンらしきものが見える。だがそれは港湾施設や工事現場にあるような巨大なものではなく、ごく小さなものだった。
言われてみて初めて納得できるほど、ささやかな港だった。街が生きていたときにはもっと活気があったのかも知れないが、夜の、それも人の気配の絶えた姿からは想像もつかなかった。
「ここからは、どこへ行くことができたのかしら……」
大きな船だろうか、それとも小さな観光船くらいのものだろうか――
もっともクレーンがあるということは、少なくとも貨物の積み込みが行われていたのだろうから、見た目ほどには小規模ではないのかも知れなかった。
「月の湖の方へ行く連絡船が出ていたと聞いています」
マルカが言う。「私は知りませんが、ずっと南の方、海と呼ばれるもっと大きな湖への出口のある所まで行っていたらしいです」
「海? ここにも海はあるのね?」
暖野は訊いた。しかしマルカの口ぶりからは、彼が海と湖との区別も知らないだろうことが伺われた。
「ノンノは、海を知っているのですか?」
「ええ、もちろんよ」
暖野は応えた。
「湖とは、どう違うのですか? 私は、この湖よりも大きいということくらいしか知らないんです」
あらためて海とは何かを問われると、どう説明してよいものか返答に困るものである。湖は陸に囲まれていて、海は陸を囲んでいるとでも言えばいいのだろうか。しかし世界には陸に囲まれた海も存在している。かと言って淡水か塩水かでも区別できるものではない。
「私は――」
暖野は言った。「ここの湖がどれだけ大きいのかは知らないけど、少なくとももっと大きい湖みたいな――ううん、この世界そのものを囲うほどの水の広がりがあるのよ、きっと。私の世界では、世界のほとんどは海で、陸地は全部それに囲まれているのよ」
「世界を囲うほどの湖ですか……」
マルカが遠い目をする。