私に還る日
1 時計
店の名は、ルクソールといった。
暖野がこの店の存在を知ったのは、この夏のことだった。駅前通りを脇道にそれて少し行ったところに、ルクソールはあった。
暖野は窓際の席に座っていたが、そこから特に何が見えるというわけでもなかった。見えるものと言えば、くたびれたような町並みと、店の前を通るわずかな人と車だけだった。
暖野がこの席について、すでに半時間余りが過ぎていた。彼女の前には、とうに空になったティーカップと、中途半端なページに栞を挟んだ文庫本。そして彼女は制服姿だった。群青色のブレザーにプリーツスカート。あちこちの学校で女子の制服がおしゃれになってゆく中で、彼女たちの学校ではいまだにデザインを一新するという噂すら聞かれなかった。しかし暖野はこの制服を気に入っていた。色合いは明るめだし、校章が刺繍されたブラウスも他校に較べて今さら新しくする必要もないと思われるほど洗練されているように感じられたからだ。
暖野の学校では、私立であるにもかかわらず寄り道を特に禁止していない。共学である上に遠方からの通学が多いからだろう。もっとも、禁止しても無駄だと学校側が割り切っているのかも知れないが。
今、暖野がここにいるのは宏美との待ち合わせのためである。今日はバレー部の練習がなくミーティングのみだということで、一緒に買い物にでも行こうということになったのだった。
暖野はすでに、ここへ来る前に1時間ほど図書館で時間をつぶしてきていた。それにしても、宏美はまだ来る気配がない。どうも予想外に長引いているらしかった。
「今日は早く終わるって言ってたのに……」
暖野は口の中で呟いた。