私に還る日
「行きましょう」
いつの間にか、マルカがすぐ傍に立っていた。そして、暖野の肩に手を置いた。
暖野は微かに頷いた。
出口に向かいかけた暖野は、ふり返ってアゲハと、その向こうの蒼い世界を見た。
「あの……一つだけ、最後に教えて頂きたいんです」
暖野は言った。いま訊かなければ、後々まで悔やむことになるだろうからだ。「この時計には、何と書かれているのですか?」
それは、裏蓋に刻まれた謎の文字のことである。
「それは――」
おもむろにアゲハが応える。「今となってはもう意味はない。だが、どうしても気になるのは仕方ないことだ。そこには、“刻(とき)を合わせよ”と書かれている」
重要なことをアゲハは言ったはずだったが、このときの暖野はそれに気づきもしなかった。
それでもしばらく彼女はそこに立ったままでいたが、マルカにそっと促されて扉の方に向かいかけた。そして思い直して振り向くと、ついさっきまでアゲハが掛けていたはずの椅子は空になっていた。彼は窓辺に立ち、後ろ手に手を組んで外を見ていた。
「さようなら」
暖野は言った。
アゲハは聞こえているのかいないのか、何も返事をしなかった。
ただ、彼女にだけ判る程度に頷いただけだった。
いつの間にか、マルカがすぐ傍に立っていた。そして、暖野の肩に手を置いた。
暖野は微かに頷いた。
出口に向かいかけた暖野は、ふり返ってアゲハと、その向こうの蒼い世界を見た。
「あの……一つだけ、最後に教えて頂きたいんです」
暖野は言った。いま訊かなければ、後々まで悔やむことになるだろうからだ。「この時計には、何と書かれているのですか?」
それは、裏蓋に刻まれた謎の文字のことである。
「それは――」
おもむろにアゲハが応える。「今となってはもう意味はない。だが、どうしても気になるのは仕方ないことだ。そこには、“刻(とき)を合わせよ”と書かれている」
重要なことをアゲハは言ったはずだったが、このときの暖野はそれに気づきもしなかった。
それでもしばらく彼女はそこに立ったままでいたが、マルカにそっと促されて扉の方に向かいかけた。そして思い直して振り向くと、ついさっきまでアゲハが掛けていたはずの椅子は空になっていた。彼は窓辺に立ち、後ろ手に手を組んで外を見ていた。
「さようなら」
暖野は言った。
アゲハは聞こえているのかいないのか、何も返事をしなかった。
ただ、彼女にだけ判る程度に頷いただけだった。