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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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私に還る日

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「行きましょう」
 いつの間にか、マルカがすぐ傍に立っていた。そして、暖野の肩に手を置いた。
 暖野は微かに頷いた。
 出口に向かいかけた暖野は、ふり返ってアゲハと、その向こうの蒼い世界を見た。
「あの……一つだけ、最後に教えて頂きたいんです」
 暖野は言った。いま訊かなければ、後々まで悔やむことになるだろうからだ。「この時計には、何と書かれているのですか?」
 それは、裏蓋に刻まれた謎の文字のことである。
「それは――」
 おもむろにアゲハが応える。「今となってはもう意味はない。だが、どうしても気になるのは仕方ないことだ。そこには、“刻(とき)を合わせよ”と書かれている」
 重要なことをアゲハは言ったはずだったが、このときの暖野はそれに気づきもしなかった。
 それでもしばらく彼女はそこに立ったままでいたが、マルカにそっと促されて扉の方に向かいかけた。そして思い直して振り向くと、ついさっきまでアゲハが掛けていたはずの椅子は空になっていた。彼は窓辺に立ち、後ろ手に手を組んで外を見ていた。
「さようなら」
 暖野は言った。
 アゲハは聞こえているのかいないのか、何も返事をしなかった。
 ただ、彼女にだけ判る程度に頷いただけだった。

作品名:私に還る日 作家名:泉絵師 遙夏