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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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私に還る日

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 やがて稜線から眩しい光が放たれた。月が昇ったのだ。
 月の光がこんなにも眩しいものだとは暖野はこれまで知らなかった。
 月は少しずつではあるが着実に顔を出し、下端が稜線を離れる頃には外はもう闇ではなくなっていた。
 月光は眼下の湖面に反射して、微かなさざ波は白銀の粉を散らしたように見えた。暖野はその光景に心を奪われた。
――こんなに美しいのに……
 こんなに美しいのに、ここは今まさに消え去ろうとしているのか……。
 その頬を、知らず涙が伝い落ちる。
「時は満ちた。これが、ここで見る最後の月となるだろう。そして、君にとっては最初の月となる」
 アゲハが歌うように言う。「あとは、頼んだよ」
 沈黙の中で、その言葉だけが取り残された。
 蒼い光が眼下の湖、そして山野を照らしていた。三人は黙したまま、しばらくその光景に見入っていた。
 ここで見る最後の月、そして最初の月……。その言葉は、暖野の心に深く刻まれた。
 私は、新たな年代記(クロニクル)の創始者になるのだろうか――暖野は思った。
 まさか、そんな大それたこと、と彼女はすぐさま心の裡で激しく否定する。
 そんなこと、できるはずがない――
 しかし、実際にはどうしようもなかった。何とかせねば、元の世界へ帰ることもおぼつかないのだ。
 ここで経験したことを心に留め、想像する。それが、この世界を救うことになるとアゲハは言った。それからのことは、自ずと判るだろうとも。
 なんて漠然とした――!
 一見簡単なようではあるが、暖野にはどうも腑に落ちなかった。それだけで、果たして世界は救えるものなのだろうか、と。
 アゲハもやはり、全てを語ってくれているわけではない、暖野はそう思わずにはいられなかった。
 そのアゲハはもう、何も語るつもりはないようだった。この陶器のような沈黙を破るには、相当の勇気が必要だった。
作品名:私に還る日 作家名:泉絵師 遙夏