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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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私に還る日

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6 沙里葉(さりは)



 マルカと暖野は邸の廊下を戻り始めた。
「寒い」
 玄関を出て、暖野は呟いた。
 外に出てみて初めて、邸の中がいかに暖かであったか知ったのだった。
「ここは夜になると冷えます」
 マルカが言う。「ノンノも、山に登ったことはあるでしょう」
 暖野は頷いた。
 彼が言いたいことは分かった。都会と違って、山の中では夜になると急速に冷えてくる。土や樹々は昼間の熱を保存しないからだ。アスファルトやコンクリートはいつまでも熱を保ち続け、夜になっても気温が低下するのを妨げる。都会臭い夜の独特の匂いは、そこからくるのだ。
 しかしここは街からそれほど離れているわけでもなく、それほど高い山でもない。
 にもかかわらず湿気を帯びた冷気は肌にまとわりつくようだ。
 衣替えの後で良かったと暖野は思った。夏服のままだったら風邪をひいてしまいかねない。それでもまだ間服の薄手の上着のために、冷気は容赦なく入り込んでくる。
 想像された世界でも、こんなに寒いものなのかしら。どうせなら、もっと暖かい世界にすればよかったのに――
 荒れた庭を通り、門の前で暖野は振り返ってみた。だが、そこからではもう邸は見えなかった。
 アゲハの言葉が正しいのなら、おそらくもう誰も通ることのないであろう門を抜ける。マルカは門扉をきちんと閉ざした。自分たち以外に誰もいないのなら、もはや門などどうでもよいようなものなのにと暖野は思った。
作品名:私に還る日 作家名:泉絵師 遙夏