私に還る日
「……」
「無理もないだろう。普段、人はそんなことに意識を向けないものだ。このような思索に耽るのは、否応なしにそうしなければならない状況にある者だけだからだ。
今はまだ解らなくていい。だが心の片隅にでも留めておいてくれ。
全ては相補的であり、全ては回り廻(めぐ)っていると。総ては互いに円を描きながら平衡を保っているのだ。
惑星は自らが回転しながら主星の周りを周回している。回るというのは質量――つまり存在が偏らないための唯一の方法なのだ。また、惑星が主星の周りを回るように、その主星もまた銀河の中心を軸に回っている。回転しない銀河もあるとされるが、それは今ここで論じると余計に話を複雑にしてしまう。
そして――さらには銀河も静止しているわけではなく、別の銀河の周りを、或いは宇宙のある軸点を中心にして回っている。君は想像もつかないだろうが、宇宙そのものが回っているのだよ。
その宇宙さえ、他の宇宙とバランスを取るために回っているのだ」
「他の宇宙というと、あの――」
「君も、話だけなら知っているだろう。宇宙は決して一つではないのだと」
暖野は頷いた。
パラレルワールドなどといったものではなく、ビッグバンのことくらいは彼女も知っている。
「人間も、そうなのだ」
暖野は知らず、怪訝な顔つきになる。
人も、回っているということなのだろうか、と。それは人と人との関係の中でという意味なのか。
「人間も、その宇宙のひとつなのだ。人の心は、いわば無限の宇宙なのだ。脳という有限の物体の中に、人は無限の世界すら宿すことが出来る。人は生まれながらにして、自分の宇宙を持っているのだよ」
「じゃあ、私も……?」
「そう、君もだ。古の神秘の言葉では、小宇宙とも呼ばれる。もっとも、こちらの方は心と体を含めた全てのものを指しているが、意味としては違いがない。なぜなら、心も体も人としての存在を形づくる上では切っても切れないものだからだ。言うまでもなく小宇宙に対するものとしての大宇宙とは、一般的に宇宙と呼ばれるものだ。
宇宙は回転していると、さっき私は言った。しかし宇宙の回転軸はひとつではない。確かに一つの点を中心として回転しているというのは、解りやすい上に理に適っているようにも見える。だが宇宙は決して単一の時空で形成されているわけではない。宇宙とは多くの空間の複合体であり、さもなければ我々の宇宙はあらゆるところで欠けてしまっていただろう。虫喰いだらけの古文書のように。
そして我々人間――小宇宙は、この大宇宙との迎合点をそれぞれ持っている。つまり宇宙とは多中心的複合空間なのだ」
「この宇宙は多くの空間が絡まりあって出来ていて、その中には人の思いも含まれる、ということですか?」
暖野は言った。この難解な話をおぼろげながら受け容れることができている自分に半ば驚きながら。
「そうだ。そう言う意味でここは、まさしくその二種類の宇宙の接合点なのだ。それ故に極めて微妙な環境にある。――君は、時間が川の流れにたとえられることを知っていると思うが」
「ええ、まあ……」
「時間が川にたとえられるなら、空間もまた然りだ」
「時間と空間が一体のものだから……」
考えるまでもなく、暖野の口から言葉が滑り出た。本などで読んだことでは、それらはむしろ当然のごとく語られているが、それを事実として実感することはそうそうないだろう。頭では理解できても、普通に見える世界は二次元か三次元なのだから。
暖野は自分の思考に戸惑いを覚えた。
「無理もないだろう。普段、人はそんなことに意識を向けないものだ。このような思索に耽るのは、否応なしにそうしなければならない状況にある者だけだからだ。
今はまだ解らなくていい。だが心の片隅にでも留めておいてくれ。
全ては相補的であり、全ては回り廻(めぐ)っていると。総ては互いに円を描きながら平衡を保っているのだ。
惑星は自らが回転しながら主星の周りを周回している。回るというのは質量――つまり存在が偏らないための唯一の方法なのだ。また、惑星が主星の周りを回るように、その主星もまた銀河の中心を軸に回っている。回転しない銀河もあるとされるが、それは今ここで論じると余計に話を複雑にしてしまう。
そして――さらには銀河も静止しているわけではなく、別の銀河の周りを、或いは宇宙のある軸点を中心にして回っている。君は想像もつかないだろうが、宇宙そのものが回っているのだよ。
その宇宙さえ、他の宇宙とバランスを取るために回っているのだ」
「他の宇宙というと、あの――」
「君も、話だけなら知っているだろう。宇宙は決して一つではないのだと」
暖野は頷いた。
パラレルワールドなどといったものではなく、ビッグバンのことくらいは彼女も知っている。
「人間も、そうなのだ」
暖野は知らず、怪訝な顔つきになる。
人も、回っているということなのだろうか、と。それは人と人との関係の中でという意味なのか。
「人間も、その宇宙のひとつなのだ。人の心は、いわば無限の宇宙なのだ。脳という有限の物体の中に、人は無限の世界すら宿すことが出来る。人は生まれながらにして、自分の宇宙を持っているのだよ」
「じゃあ、私も……?」
「そう、君もだ。古の神秘の言葉では、小宇宙とも呼ばれる。もっとも、こちらの方は心と体を含めた全てのものを指しているが、意味としては違いがない。なぜなら、心も体も人としての存在を形づくる上では切っても切れないものだからだ。言うまでもなく小宇宙に対するものとしての大宇宙とは、一般的に宇宙と呼ばれるものだ。
宇宙は回転していると、さっき私は言った。しかし宇宙の回転軸はひとつではない。確かに一つの点を中心として回転しているというのは、解りやすい上に理に適っているようにも見える。だが宇宙は決して単一の時空で形成されているわけではない。宇宙とは多くの空間の複合体であり、さもなければ我々の宇宙はあらゆるところで欠けてしまっていただろう。虫喰いだらけの古文書のように。
そして我々人間――小宇宙は、この大宇宙との迎合点をそれぞれ持っている。つまり宇宙とは多中心的複合空間なのだ」
「この宇宙は多くの空間が絡まりあって出来ていて、その中には人の思いも含まれる、ということですか?」
暖野は言った。この難解な話をおぼろげながら受け容れることができている自分に半ば驚きながら。
「そうだ。そう言う意味でここは、まさしくその二種類の宇宙の接合点なのだ。それ故に極めて微妙な環境にある。――君は、時間が川の流れにたとえられることを知っていると思うが」
「ええ、まあ……」
「時間が川にたとえられるなら、空間もまた然りだ」
「時間と空間が一体のものだから……」
考えるまでもなく、暖野の口から言葉が滑り出た。本などで読んだことでは、それらはむしろ当然のごとく語られているが、それを事実として実感することはそうそうないだろう。頭では理解できても、普通に見える世界は二次元か三次元なのだから。
暖野は自分の思考に戸惑いを覚えた。