私に還る日
夢は夢であり、現実は現実であるはずだ。その両者がイコールで結ばれるなどとは、暖野には思えない。
「人は、夢みる生き物だ」
アゲハが語り続ける。「それは人間が、夢を見なければ生きてはゆけない存在だからだ。それはある意味で人間という生き物の弱さの象徴でもあるが、逆に人間にのみ与えられた特権でもある」
「夢が、弱さの象徴ですって?」
「そう。他の動物はどうかね? 希望的予測をもとに、自らの未来を洗濯したりするかね?」
暖野は首を横に振った。
「人間以外の生き物は、現実だけを生きている。それは、彼らが強いからだ。夢などなくとも生きてゆけるからなのだよ。だが人間は違う。人は夢なしには生きてはゆけない。夢という言葉が適切でないのなら、希望といった方がいいのかも知れないが」
「でも、夢も希望もない状況もあるでしょう?」
「そうかね? 本当にそう思うかね?」
アゲハが、暖野を見据える。「確かに、そのように見える状況はあるかも知れない。しかし、どんな状況にあっても、人は夢を見るものだよ。こうなればいい、というような望みは、なくなるはずがないからだ。もし悲しみにとりつかれて全ての生きる望みを失っても、人は希望を求めるのではないかね? 人は結局、全ての希望を失くしても、希望を求めることそれ自体を自らに課すのだよ」
「それはつまり、夢が――希望が……」
暖野は、話が解っているようでいて解っていなかった。頭の中では完全ではないにせよ、何となく理解できるような気はした。だがそれを口にしようとしても、上手く言うことはできなかった。
「理解し難いのは仕方がない。簡単に言ってしまえば、希望を持つことを希望する、そういうことだ」
どちらにしても大差はないんだけど――
暖野は思った。
「で、それが、今あなたが仰っていることとどう関係があるんですか?」
「この世界が、さっきも言ったように人間の夢によって創り上げられたものだからだよ」
「要するに、この世界が夢の産物で、人々が夢を失くしたからこの世界も失われるということですか」
「微妙だが、少し違う。確かにここは、人々の夢が造り上げた世界だ。だが君の言っているのと違うところは、この世界には礎となる者の思念があったということだ。つまり、人々が夢をなくしたことによって世界が失われるのではなく、この世界を成り立たせている根本が揺らいでいるのだ。
いま、私たちのいるこの世界は、そもそもある一つの“想い”によって創造されたものだ。その“想い”は種子となり、芽吹き、他の数多の思念によって拡張され、維持されてきた。しかし、ここに来て――というのは時間的にいささか錯綜してはいるが、この世界を創造した種子に異変が起こってしまったのだ。つまり、最悪の場合この世界そのものが存在しなくなってしまうという――」
「消える、ということですね」
「より正確を期せば、今あるものが消えてしまうというよりも、最初からなかったことになってしまうのだ。――時を遡ったかたちで総てが無に帰する。或いは、一個の想像の産物としての域にとどまってしまうかも知れない」
「と、言うと……」
「かつてほどの拡がりや豊かさは期待できないということだ。――人の思念とは茫漠として捉えがたいものだ。誰かがしっかり意識して世界を構築したとしても、空白域が残ることは免れ得ない。まして、その希望や夢が無意識下の深層に閉ざされようものなら、世界そのものが混沌に墜ちてしまうだろう」
「混沌?」
「そうだ。無秩序な総ての混合物。意識され得ないものの漆黒の集合体」
「人は、夢みる生き物だ」
アゲハが語り続ける。「それは人間が、夢を見なければ生きてはゆけない存在だからだ。それはある意味で人間という生き物の弱さの象徴でもあるが、逆に人間にのみ与えられた特権でもある」
「夢が、弱さの象徴ですって?」
「そう。他の動物はどうかね? 希望的予測をもとに、自らの未来を洗濯したりするかね?」
暖野は首を横に振った。
「人間以外の生き物は、現実だけを生きている。それは、彼らが強いからだ。夢などなくとも生きてゆけるからなのだよ。だが人間は違う。人は夢なしには生きてはゆけない。夢という言葉が適切でないのなら、希望といった方がいいのかも知れないが」
「でも、夢も希望もない状況もあるでしょう?」
「そうかね? 本当にそう思うかね?」
アゲハが、暖野を見据える。「確かに、そのように見える状況はあるかも知れない。しかし、どんな状況にあっても、人は夢を見るものだよ。こうなればいい、というような望みは、なくなるはずがないからだ。もし悲しみにとりつかれて全ての生きる望みを失っても、人は希望を求めるのではないかね? 人は結局、全ての希望を失くしても、希望を求めることそれ自体を自らに課すのだよ」
「それはつまり、夢が――希望が……」
暖野は、話が解っているようでいて解っていなかった。頭の中では完全ではないにせよ、何となく理解できるような気はした。だがそれを口にしようとしても、上手く言うことはできなかった。
「理解し難いのは仕方がない。簡単に言ってしまえば、希望を持つことを希望する、そういうことだ」
どちらにしても大差はないんだけど――
暖野は思った。
「で、それが、今あなたが仰っていることとどう関係があるんですか?」
「この世界が、さっきも言ったように人間の夢によって創り上げられたものだからだよ」
「要するに、この世界が夢の産物で、人々が夢を失くしたからこの世界も失われるということですか」
「微妙だが、少し違う。確かにここは、人々の夢が造り上げた世界だ。だが君の言っているのと違うところは、この世界には礎となる者の思念があったということだ。つまり、人々が夢をなくしたことによって世界が失われるのではなく、この世界を成り立たせている根本が揺らいでいるのだ。
いま、私たちのいるこの世界は、そもそもある一つの“想い”によって創造されたものだ。その“想い”は種子となり、芽吹き、他の数多の思念によって拡張され、維持されてきた。しかし、ここに来て――というのは時間的にいささか錯綜してはいるが、この世界を創造した種子に異変が起こってしまったのだ。つまり、最悪の場合この世界そのものが存在しなくなってしまうという――」
「消える、ということですね」
「より正確を期せば、今あるものが消えてしまうというよりも、最初からなかったことになってしまうのだ。――時を遡ったかたちで総てが無に帰する。或いは、一個の想像の産物としての域にとどまってしまうかも知れない」
「と、言うと……」
「かつてほどの拡がりや豊かさは期待できないということだ。――人の思念とは茫漠として捉えがたいものだ。誰かがしっかり意識して世界を構築したとしても、空白域が残ることは免れ得ない。まして、その希望や夢が無意識下の深層に閉ざされようものなら、世界そのものが混沌に墜ちてしまうだろう」
「混沌?」
「そうだ。無秩序な総ての混合物。意識され得ないものの漆黒の集合体」