私に還る日
暖野はあの街の殺伐とした光景を思った。何かの原因で、住民が大挙していなくなってしまった街。生活の匂い、動くものの気配の絶えてしまった街を。
「あの――」
暖野が言う。「どうして、誰もいなくなってしまったのですか?」
「何も、いきなり全ての人がいなくなってしまったわけではない。一人、また一人と、少しずつ気づかないうちにいなくなっていった」
「いなくなったって……」
「言葉通り、いなくなっていった。そのようにしか表現できないのだ」
それは、“消える”というのと同じことなのだろうかと、暖野は考えてみた。
暖野の思いを悟ってか、アゲハが付け加える。
「失踪した、死亡したなどとは違う。それなら人々の記憶にも残るのだが、人がいなくなってゆくのに誰も気づかなかった。たとえそれが親や兄弟、友人同士でも」
「それって――」
暖野は言葉に詰まった。その先は、恐ろしくてとても口に出来なかった。
最初からいないことになる――
存在しなかったことに――
それ以上考えたくもなかった。
「さっき、沙里葉が残された最後の街だと――」
暖野は話題を変えた。街のことなら、いくらかは落ち着いて話せそうだからだ。
「そう。人だけではなく、この世界のあらゆるものの存在が希薄になっていった。最初は微かな兆候でしかなかったが、今ではほとんど総てのものが消えてしまった」
「消えて……」
暖野はその意味するところを思ったが、理解を遥かに超えていて漠然としかつかめなかった。
「そして、この沙里葉だけが残った」
「どうして、そんなことになってしまったんです? 世界って、そんなに簡単に消えてしまうものなんですか?」
「人々の心が、もはやこの世界を必要としなくなってしまったからだよ。――いや、そうではないな」
アゲハはそこまで言って、自らの言葉を否定した。「そう。すでに解ってくれているとは思うが、この世界は君の世界で言うところの現実世界ではない。もちろん、私にとっては唯一の現実だがね。この世界は、言わば多くの想念の産物だったのだよ。人々の希望、歓び、そういったものが溶け合い、成り立っていた。だが、物事には必ず始まりがある」
彼は慎重に言葉を選びつつ、そこまでを言った。
「夢の世界……ですか?」
「そう言うことも可能だろう。だが、夢も現実の一つの形態だと言うことを忘れてはいけない」
「夢が、現実?」
「そうだ」
いともあっさりとアゲハは言った。
「あの――」
暖野が言う。「どうして、誰もいなくなってしまったのですか?」
「何も、いきなり全ての人がいなくなってしまったわけではない。一人、また一人と、少しずつ気づかないうちにいなくなっていった」
「いなくなったって……」
「言葉通り、いなくなっていった。そのようにしか表現できないのだ」
それは、“消える”というのと同じことなのだろうかと、暖野は考えてみた。
暖野の思いを悟ってか、アゲハが付け加える。
「失踪した、死亡したなどとは違う。それなら人々の記憶にも残るのだが、人がいなくなってゆくのに誰も気づかなかった。たとえそれが親や兄弟、友人同士でも」
「それって――」
暖野は言葉に詰まった。その先は、恐ろしくてとても口に出来なかった。
最初からいないことになる――
存在しなかったことに――
それ以上考えたくもなかった。
「さっき、沙里葉が残された最後の街だと――」
暖野は話題を変えた。街のことなら、いくらかは落ち着いて話せそうだからだ。
「そう。人だけではなく、この世界のあらゆるものの存在が希薄になっていった。最初は微かな兆候でしかなかったが、今ではほとんど総てのものが消えてしまった」
「消えて……」
暖野はその意味するところを思ったが、理解を遥かに超えていて漠然としかつかめなかった。
「そして、この沙里葉だけが残った」
「どうして、そんなことになってしまったんです? 世界って、そんなに簡単に消えてしまうものなんですか?」
「人々の心が、もはやこの世界を必要としなくなってしまったからだよ。――いや、そうではないな」
アゲハはそこまで言って、自らの言葉を否定した。「そう。すでに解ってくれているとは思うが、この世界は君の世界で言うところの現実世界ではない。もちろん、私にとっては唯一の現実だがね。この世界は、言わば多くの想念の産物だったのだよ。人々の希望、歓び、そういったものが溶け合い、成り立っていた。だが、物事には必ず始まりがある」
彼は慎重に言葉を選びつつ、そこまでを言った。
「夢の世界……ですか?」
「そう言うことも可能だろう。だが、夢も現実の一つの形態だと言うことを忘れてはいけない」
「夢が、現実?」
「そうだ」
いともあっさりとアゲハは言った。