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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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私に還る日

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 そんな道も間もなく終わり、二人はようやく一軒の邸(やしき)の前にたどり着いた。玄関先にのみならず、いくつかの窓には灯りが点っている。煙突からは細い煙さえ出ているのが見えた。
 ここには、人がいるのだ。
 当然ではないか。マルカは、暖野を待っている人がいると言って、彼女をここまで連れてきたのだから。暖野の不安はかなり和らいだ。
 建物は煉瓦か何かで出来ているらしいが、そこも蔦に覆われていていた。窓や玄関の灯りはあるものの、それが却って闇を際立たせ、他の総てを闇と同化させていた。
 玄関の庇の上からも蔦が垂れ下がり、さながら暖簾のようだった。だがそこを抜けると、比較的まともな玄関扉の前に出た。
 扉は大きく、そして高かった。マルカは動物の顔をかたどったノッカーで来客を告げた。
 扉の向こうからは何の物音もしない。彼はしばらく待ってから、扉に手をかけた。
「いいの?」
 暖野が訊く。
「どうぞ」
 マルカは頷き、暖野を先に通した。
 邸内は、その玄関に相応しく立派なものだった。廊下には赤い絨毯が敷かれ、壁にはランプが点っている。それらは気品に充ちて、荒れ果てた庭園からは想像もつかないほど清潔で整っていた。
 マルカは扉を閉め、再び先に立って歩き出した。
 暖野はこれから会う人物について、あれこれと想像を巡らした。
 まさか、王子さまとご対面、なんてね――
 そんなふうに考えていられるのも、わずかな間だけだった。マルカは廊下を真っ直ぐに進み、突き当たりの扉の前で立ち止まった。
「ここ?」
 暖野は囁き声で訊ねた。
 マルカが頷く。そして扉に向き直り軽くノックした。
 暖野の胸は、いよいよ高鳴った。
 どうしよう、本当に王子さまだったら――
 などと想像している暖野も、かなりいい気なものである。
 だが、部屋の中から聞こえてきた声は、彼女が想像していたような若い者のものではなかった。
「入りなさい」
 今度は、マルカが先に入った。半開きの扉の向こうで短いやりとりがあった後、彼は大きく扉を開け放った。
「どうぞ」
 促されて、暖野は部屋に足を踏み入れた。
作品名:私に還る日 作家名:泉絵師 遙夏