私に還る日
二人はそれからしばらく黙って歩いた。石畳の舗道はどこまでも続くかに思えた。道の両側に建ち並ぶ建物も、デザインの差こそあれ概ね似たようなものだった。道の真ん中には線路があるが、電車がやって来る気配などまるでなかった。
後ろをふり返ってみると、さっきまでいた駅がもうかなり小さくなっている。
「どうかしましたか?」
マルカもふり返って訊く。
「ここには、誰もいないの?」
「この街にという意味ですか?」
「ええ」
「そうですね……」
マルカが少し遠い目をした。「昔――こういう言い方が許されるなら、ですが――以前は、こんなふうではなかったそうです。街角には人が溢れ、市街電車(トラム)が行き交い、本当に賑やかだったと。ここもノンノの知っている町と同じように、人々の生活があったのです」
「あなたは、直接には知らないのね」
マルカの言い回しが気になって、暖野は訊いた。
「ええ。さっきも言ったように、私は遣わされただけなんですから」
「そこら辺にも、事情がありそうね」
しかし暖野は、敢えてそれは訊かないでおくことにした。あの口ぶりでは、どうせ詳しくは知らないだろうからだ。それよりももっと重要なことがあったこともある。
「――それで、どうして誰もいなくなったの?」
そう、以前はどうだったかよりも、何故そうなったかの方が大問題なのだ。
「それは……」
マルカが言いよどむ。
「それも、言えないのね」
「いずれ、ノンノは総てを知ることになります。でも、今はまだその心構えもできていないでしょう?」
「これから何が起こるかも分からないのに? 開き直れってことなのかしら?」
「自棄(やけ)を起こさないでください」
「……分かったわ……」
ため息とともに、暖野は言った。とにかく、ここで口論しても仕方がない。
「でも――」
暖野は口を開きかけた。
マルカがその先を促すように、暖野を見つめ返す。
「ううん。何でもない。ただ――」
「何です?」
「私、帰れるのかな、って」
「そうですね……」
マルカが心もち首を傾げる。
それを見て、暖野は言葉に表せない不安が胸を支配するのを覚えた。
私は、このまま戻れないのだろうか。このままずっと、ここに――
暖野はその考えを慌てて振り払った。
全部、夢なんだ。これが醒めたら、私は家のベッドに横になって――
待って。私は確かバスに乗っていたのではなかったかしら。じゃあ、居眠りしてしまったんだわ――
後ろをふり返ってみると、さっきまでいた駅がもうかなり小さくなっている。
「どうかしましたか?」
マルカもふり返って訊く。
「ここには、誰もいないの?」
「この街にという意味ですか?」
「ええ」
「そうですね……」
マルカが少し遠い目をした。「昔――こういう言い方が許されるなら、ですが――以前は、こんなふうではなかったそうです。街角には人が溢れ、市街電車(トラム)が行き交い、本当に賑やかだったと。ここもノンノの知っている町と同じように、人々の生活があったのです」
「あなたは、直接には知らないのね」
マルカの言い回しが気になって、暖野は訊いた。
「ええ。さっきも言ったように、私は遣わされただけなんですから」
「そこら辺にも、事情がありそうね」
しかし暖野は、敢えてそれは訊かないでおくことにした。あの口ぶりでは、どうせ詳しくは知らないだろうからだ。それよりももっと重要なことがあったこともある。
「――それで、どうして誰もいなくなったの?」
そう、以前はどうだったかよりも、何故そうなったかの方が大問題なのだ。
「それは……」
マルカが言いよどむ。
「それも、言えないのね」
「いずれ、ノンノは総てを知ることになります。でも、今はまだその心構えもできていないでしょう?」
「これから何が起こるかも分からないのに? 開き直れってことなのかしら?」
「自棄(やけ)を起こさないでください」
「……分かったわ……」
ため息とともに、暖野は言った。とにかく、ここで口論しても仕方がない。
「でも――」
暖野は口を開きかけた。
マルカがその先を促すように、暖野を見つめ返す。
「ううん。何でもない。ただ――」
「何です?」
「私、帰れるのかな、って」
「そうですね……」
マルカが心もち首を傾げる。
それを見て、暖野は言葉に表せない不安が胸を支配するのを覚えた。
私は、このまま戻れないのだろうか。このままずっと、ここに――
暖野はその考えを慌てて振り払った。
全部、夢なんだ。これが醒めたら、私は家のベッドに横になって――
待って。私は確かバスに乗っていたのではなかったかしら。じゃあ、居眠りしてしまったんだわ――