私に還る日
果たして、そこに声の主はいた。
「あなたは……」
そこまで言って、暖野は言葉に詰まった。
その人物はまさしく、何度も夢に出てきた少年だった。
黒の上下のスーツに白いシャツ。そして黒い帽子。夢で見たままだ。
少年がゆっくりと階段の正面に向かって歩き出す。暖野の目がそれに合わせて少年の姿を追う。
やがて少年は会談の下に達した。わずか数段の階段の上下で二人は向き合った。
少年が最初の段に足をかける。
「来ないで!」
暖野は咄嗟に身を引いた。
少年が哀しげな表情になって立ち止まる。それを見て、暖野は悪いことをしたような気分になった。
「どうして、そんなに怖がっているのです?」
何かをしきりに訴えるような目で、少年は暖野を見つめてくる。暖野はその場に釘付けになり、全ての動きが封じられてしまったかのようだった。
「あなたは……誰?」
それだけのことを冷静に訊くのに、渾身の力を要した。
「忘れてしまったのですか?」
「忘れるって……?」
何が何だか訳が分からなかった。忘れるも何も、暖野は少年の名前すら知らない。ただ夢の中で会っただけで、それを知り合いというのなら別だが。
「無理もないのかも知れませんね。あなたの身に起こったことを考えれば……」
「私……の?」
ますます訳が分からなくなる。
一体どういうことなの? 私になにがあったっていうのよ――
「どうしても、思い出せないんですね」
もう一度、念を押すように少年は言ってから、歌うよな口調になって続けた。「私の名前は、マルカ」
「マルカ……」
「そうです。本当に忘れてしまったのですね」
「……」
暖野は黙ったまま、マルカと名乗る少年を見つめ返した。
「あなたは……」
そこまで言って、暖野は言葉に詰まった。
その人物はまさしく、何度も夢に出てきた少年だった。
黒の上下のスーツに白いシャツ。そして黒い帽子。夢で見たままだ。
少年がゆっくりと階段の正面に向かって歩き出す。暖野の目がそれに合わせて少年の姿を追う。
やがて少年は会談の下に達した。わずか数段の階段の上下で二人は向き合った。
少年が最初の段に足をかける。
「来ないで!」
暖野は咄嗟に身を引いた。
少年が哀しげな表情になって立ち止まる。それを見て、暖野は悪いことをしたような気分になった。
「どうして、そんなに怖がっているのです?」
何かをしきりに訴えるような目で、少年は暖野を見つめてくる。暖野はその場に釘付けになり、全ての動きが封じられてしまったかのようだった。
「あなたは……誰?」
それだけのことを冷静に訊くのに、渾身の力を要した。
「忘れてしまったのですか?」
「忘れるって……?」
何が何だか訳が分からなかった。忘れるも何も、暖野は少年の名前すら知らない。ただ夢の中で会っただけで、それを知り合いというのなら別だが。
「無理もないのかも知れませんね。あなたの身に起こったことを考えれば……」
「私……の?」
ますます訳が分からなくなる。
一体どういうことなの? 私になにがあったっていうのよ――
「どうしても、思い出せないんですね」
もう一度、念を押すように少年は言ってから、歌うよな口調になって続けた。「私の名前は、マルカ」
「マルカ……」
「そうです。本当に忘れてしまったのですね」
「……」
暖野は黙ったまま、マルカと名乗る少年を見つめ返した。