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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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私に還る日

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 暖野はワンダーフォーゲル部、宏美はバレー部に入っている。登山は優勝を狙うようなスポーツではないため、練習といってもせいぜい基礎体力の向上と維持のためのものである。しかしバレーボールは当然優勝を目指すものだし、体力に加えて技も磨かなければならない。もちろん登山にも技術は必要だが、それは競うようなものではない。全員参加で比較的和やかなワンゲル部に較べて、バレー部では上下の関係の厳しさに加えて同級生の間でも対抗意識が激しい。その分、当然愚痴も多くなろうというものだ。
 こういうことでは、暖野は聞き役に徹していることが多かった。人の悪口に同調するするのは苦手だし、事情もよく分からないまま深入りしたくはなかったからだ。
 普段は部活の関係で二人の下校時間は別々だった。今日は早く終わりそうとのことで、暖野はお気に入りの図書館で時間をつぶし、久々に一緒に帰ることになったのだった。
 秋も深まり、夕闇迫るこの時間になると、気温も一気に下がってくる。道の両側の雑木林を騒がせる風も、かなり冷たくなってきている。
 暖野はこの風を、恋風と密かに呼んでいた。
 この季節、特に夕方から夜にかけて吹く風は独特の憂いを含んでいる。この風は暖野の心の隙間に入り込み、どうしようもなく人恋しくさせるのだった。
 だから、恋風。
 ただ、この風が憂い以外のものを暖野に運んできたことは決してなかった。
 暖野はこの風を好きでもあり、嫌いでもあった。彼女が秋の生まれであることもひとつの原因かも知れなかった。
 暖野は小さく息をついた。宏美はそれには気づかないようだった。それとも、暖野の小さなため息にはもう慣れてしまったのか。
「あ、来たみたい」
 宏美が、幅の広い二車線道路の彼方を指さした。
 二人は再び歩き出し、坂の下に着いたところだった。
 暖野は腕時計を見た。定刻より3、4分早いが、珍しくもない。前のバスが遅れているのだ。
 暮れなずむ田園地帯をバスがやってくる。バスはふたりの前で停車した。ブザーが鳴って扉が開く。
「じゃあ、また明日」
 宏美が手を振る。彼女は暖野とは反対方向のバスに乗る。
「うん、じゃあね」
 暖野はステップに足をかけた。
 動き出したバスの窓からもう一度手を振り、暖野は座席に身を沈めた。
作品名:私に還る日 作家名:泉絵師 遙夏