私に還る日
4 少年
石の冷たい感触と膝の痛みが、暖野を我に返らせた。
バスが行ってしまってから、どれくらい経ったのだろう。
暖野はあれから急に体中の力が抜けて、石畳にへたり込んでしまっていたのだった。
暖野は、のろのろと立ち上がった。いつまでもこうしていても始まらない。
広場の様子に変化はなかった。気が抜けてから今まで、暖野の気を惹きそうなものなど何も現れなかった。だからこそ、膝が痛くなるまで放心状態でいられたのだ。
車一台、人ひとり、この広場には入ってはこなかった。ここで動くものと言えば、彼女と噴水の水だけだった。
暖野は駅とおぼしき建物の方に足を向けた。石造りの重厚な三階建てのもので、縦長の窓と入口の高さは、一階分が見慣れた建物よりも相当高いことを示していた。正面の幅広の階段の手すりには彫刻が施されており、その上端と下端の石柱には何かの像が据えられていた。
どう見ても博物館だった。どうしてこれを駅だと思ったのか不思議なくらいだ。
暖野は手すりに手をかけ、ゆっくりと石段を登った。せいぜいが5段ほどの階段だった。
見上げると、建物はそびえるように高く見える。
入口のアーチをくぐる。三つあるうちの一番左側のアーチだ。
建物の中は薄暗かった。灯りが点いていないせいだ。黄昏れた光が射し込んできているが、内部をくまなく照らすほどではない。
磨き込まれた大理石のような滑らかな石の上を暖野は歩いた。
「駅だわ……」
暖野は呟いた。
正面には改札口。見知った自動改札ではなく、係員が切符を切るタイプのものだ。その奥に行き止まり式のプラットホームが見えた。そこに列車は停まっていない。発車時刻や行き先を示す表示も見当たらなかった。
やっぱり、夢を見ている――
どう見ても、これは普通の状況ではないからだ。ここは洋画に出てくるターミナル駅そのものだった。
暖野は頬をつねってみた。夢か否かを確かめる伝統的な仕草だが、それが本当に役に立つのかどうかは定かでない。現に彼女はそれによっては確信を得ることはできなかったのだから。