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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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私に還る日

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 十数分後、暖野の前にはお気に入りのケーキと、香り高い紅茶があった。
「おいしい……」
 一口すすって、暖野は思わず声を上げた。
「実は、一昨日までインドとネパールに行っていてね」
 マスターは言った。
「買い付けですか?」
「そう」
「すごいですね。私なんて、まだ海外なんて一度もありません」
「これから、いくらでも行ける機会はあるよ」
「そうですね」
「このお茶も、向こうでたまたまオーガニック農産品の物産展をやっていて、そこで買ったんだ。イラム・ティーっていうんだよ」
「銘柄ですか?」
「銘柄だし、地名だね。ダージリンと同じ」
「へえ。日本で宇治茶とか狭山茶とかいうみたいなものなんですね」
 マスターは頷いた。
「で、今回は何か収穫があったんですか?」
 暖野が話題を変える。
「これと――」
 マスターは二人の前の鉱石ラジオと、喫茶コーナーの片隅にあるものを指した。「あの二つ」
  暖野は今まで、その存在に全く気づかなかった。真っ黒でやたら重そうな、ボタンがたくさんついた機械に。店内が薄暗いせいもあるだろう。
「タイプライター……ですか?」
 確か、映画でそういうものを見たことがある。
「レジスター・マシーンだよ」と、マスター。
「それって、あの、スーパーとかにあるみたいな?」
 近づいてよく見ると、下の方に鍵がついた引き出しのようなものがあった。
「これを押すと――」
 キーの一つをマスターが押すと、大げさな音を立てて引き出しが開いた。中に仕切りがあり、紙幣などを入れるようになっている。
「日本でも、僕の子供の頃はこういうのがたくさんあった。でもこれは概ね150年くらい前のものだから、もっと年季が入ってる」
「高かったんでしょう?」
 値段を聞くのもどうかとは思ったが、好奇心には勝てない。
「高いと言えば高いし、そうでないと言えばそう」
 まあ、骨董品の価値なんて、そんなものなんだろうな、と暖野は思った。
「物々交換だったんだ。普通の雑貨屋で使われていたのを見つけてね。新しいレジを買ってあげる条件で引き取らせてもらった」
 なるほど、そういう取引もあるのか。暖野は感心した。
「どう? 2杯目は向こう式で飲んでみる?」
 手垢が付き、所々文字の薄れた機械を物珍しげに見ている暖野に、マスターが訊く。
 というわけで、暖野は2杯目もごちそうになってしまった。
作品名:私に還る日 作家名:泉絵師 遙夏